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返還に揺れた沖縄から  | アメリカ移住
『私は沖縄出身なの。

私がアメリカへやって来た頃はちょうど沖縄の日本返還が果たされた1972年の事

今の旦那さんと結婚してアメリカへやって来たの。』


それまでの沖縄は日本人が沖縄へ行くときもパスポートが必要だったり、
沖縄の主席をアメリカが選出するという状況だったの。

あの頃は反米感情も頂点に達していて、
アメリカ人と国際結婚をする事はよほどの覚悟がいる時代だったのよ。


私も家族に猛反対を受けて、半ば絶縁状態でアメリカへ移り住んできたわ。』

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1951(昭和26年)の日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)では、沖縄は
潜在的な日本の主権は認めながら、アメリカ合衆国の施政権下に置かれるものとされた。

一定の自治は認めたものの、最終的な意思決定権はアメリカが握ったままだった。

沖縄の各地にアメリカ軍基地・施設を建設し、また、アメリカ兵による事故・事件が頻発し
ては、住民の死亡者も相次いだ。

状況に対し、住民有志は「島ぐるみ闘争」といった抵抗運動を起こし、また、このころから
住民は、左翼陣営も含めて日本復帰を目指して活発な祖国復帰運動を行い、1960年
(昭和35)に沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)を結成した。



米大統領ドワイド・アイゼンハワーは、沖縄を返還する気は全く無かった。


1960年代後半のベトナム戦争によって沖縄が最前線基地とされると、駐留米軍は飛躍的
に増加し、これに伴って事件・事故も増加した。


爆撃機が沖縄から直接戦地へ向かうと言うことに対し、復帰運動は反米・反戦色を強めた。


一方、米軍による需要がある土木建築業、飲食業、風俗業などに携わる勢力は、復帰反対
や米軍駐留賛成の運動を展開し、彼等の支援された議員が復帰賛成派の議員と衝突した。



1968年(昭和43年)11月には琉球政府の主席がはじめて公選され、90パーセントを超える
投票率を記録した。この選挙によって復帰協の屋良朝苗が当選、「即時無条件全面返還」を
訴えた。


日本の佐藤栄作政権は、1970年(昭和45年)に予定される安保延長と共に、沖縄の本土復
帰を緊急の外交課題とした。



70年安保延長反対を唱える日本社会党や日本共産党は、安保と同列の沖縄返還論に反発
し、新左翼や学生運動、各種労働組合までも反安保、反返還の一大運動を日本国内で繰り
広げた。

1970年(昭和45年)12月20日未明、沖縄本土中部のコザ市(現・沖縄市)で、米軍兵士が
連続して起こした二件の交通事故を契機にコザ暴動が発生した。常日頃から米軍兵士が優
遇され沖縄住民が不当に差別されたことに対するコザ市民の怒りが表面化したもので、これ
以上沖縄をアメリカ軍政下に置くことは適当でないと内外に知らしめた。



屋良や復帰賛成派の県民の期待とは裏腹に、米軍基地を維持したままの「72年・核抜き・本
土並み」の返還が決定




1972年
(昭和47年)5月15日、沖縄返還

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『貴方がアメリカへやって来た当時の沖縄の人の価値感と、

現在の価値感ではかなり変化がありましたね。

僕達は戦争が終わって生まれた世代なので、

実際、それほど大きな価値感の変化に遭遇した事がありません。』



『私も戦争が終わって生まれたのよ。

でも島が戦争を忘れていなかったの・・・・

あの当時は家族を捨てて旦那さんを選んだ事。

反対を押し切ってアメリカにやって来た事を後悔した事もあったけれど、

今ではそんな事なんでもなかったような時代になったから不思議なものね。』



時代の価値感の中ではあまりにも人間一人ひとりの存在はちっぽけで・・・・・・

それでも・・・・・そんな時代に翻弄されながらも・・・・・・・

情熱を傾けて生きた証が

今の生活を形作っている・・・・・・

幸せな時代に生まれて来た僕達には

とっても想像が出来ないほど

重たいものがのしかかっていた女性が

今、僕の目の前で笑っている。

それに出会えただけで、

人はどんな時代に生きても、 いかなる状況にいても

幸せを感じれるんだろうな~って

ふと、そんな事を思った。



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テーマ=アメリカ合衆国 - ジャンル=海外情報

【2006/05/07 11:01】   トラックバック(1) | コメント(0) | Top↑






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琉球政府琉球政府(りゅうきゅうせいふ、Government of the Ryukyu Islands)は、1952年から1972年まで、沖縄県|沖縄に存在した統治機構の名称である。1972年に沖縄が日本に返還された際に消滅し、沖縄県や沖縄総合事務局(国の出先機関)などに移管された。.wikilis 美ら沖縄【2007/09/29 07:34】
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