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ビンボー人はずっと貧乏?  | coolcuts
USFront Lineの1月3週号の記事に

『アメリカン・ドリームと階級社会』というのがありました。

60年代の公民権運動や、フェミニズム運動、モダニズム運動等、社会の仕組みが音を立てて激動的な変化を見せた背景には、18世紀のヨーロッパ貴族社会の支配を断ち切ったはずのアメリカにもやはりずっと階級社会が存在していた事があげられると思います。

上流階級はヨーロッパで休暇を満喫し、監督派教会の神を崇拝した。

中流階級はフォードのフェアレーンズを運転し、サン・フェルナンド・バリーに安住し、『会社員』という肩書きに満足した。

労働者階級は、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)に所属

中流以下の国民は民主党を支持し、上流階級は共和党を支持した。

やがて、現在に至るまでに外見は階級を象徴しなくなり、どの神を崇拝するかや誰に投票するか、どんな車を運転するか、どんな服を着るか、あるいは肌の色からでは社会的ステータスを読むことはできなくなりました。

その一方、

経済的階級間の流動性は低くなる傾向にあるという。

つまり、生まれ育った収入層から登ることも下ることも困難な環境になりつつあるということらしい。

しかし、

エリート階級への道は逆に広まっている。

連邦最高裁判事や企業のCEO(最高経営責任者)には誰でもなれる可能性があるし、自分の力で億万長者になる人も増えている。

過去の収入層間流動性の調査では

 60年代に生まれた兄弟は40年代に生まれた兄弟に比較して、生まれ育った収入層で落ち着くケースが増えているという統計結果がでているし、70年代に比較して80年代も同じ傾向、90年代もまったく同じように、

階層の流動性は低下しているという研究結果が出ているそうです。

では、アメリカンドリームは消えてしまったのでしょうか?

僕達が思い描いているアメリカンドリームと言うのは・・・

資本がなかろうと、学歴がなかろうと、本人の能力とラックさへあれば生活を向上させる可能性を秘めている!という事です。


それの有無を考える前に、その目標物に対して考え方を整理してみましょう。

ここにFrontLineの編集者が書いた記述があります。

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 何が階級を決めるか。
お金は確かにかなりの決め手になる要素だが、例えば、年収1000万ドルの人が他人を中傷したり、人を虫けらのように扱うとしたら、その人は明らかに上流階級ではあり得ない。
 上流階級に属するには、人間的に洗練されていなければならないと思う。仮に、ある人が年収2万ドルでも、自分に厳しく、人の痛みを我がことのように思う情を持ち、文化的造脂が深く、周囲を偏見でみないという態度や志向を備えているとすれば、その人は上流階級の人間だと思う。

 ただ、それはきれいごとに聞こえる。なぜなら、お金が無ければ選択肢が減るからだ。お金があれば日々の選択肢は一気に増え、文化的造脂を深めるのも簡単になる。おおらかにもなれる。選択肢の多さと言うのは人生においてかなり決定的な要素だと思う。つまり、何をやるにも何処へ行くにも、お金が理由で行動を制限されるとギスギスしやすいし、色々な物事を受け入れる器も小さくなってしまいそうな気はする。

 周囲から尊敬されるような仕事をして、巨額を稼ぎ、豪邸に住み、交響楽団や美術館を楽しみ、どんな人にも偏見を持たず、自分の信じる何かに寄付を贈り、時と場合に応じた行儀と礼節を尽くし、外国旅行に行っては現地の文化や遺跡を尊重する。そういう人物が経済的にも社会的にも精神的にも上流階級に属すだろう。
 
 そういう境地に達するのは相当難しい。だから、多くの人は優先順位をつけて何かをあきらめなければならない。高級車や豪邸は相応の財力がなければ買えないてめ、お金がなければあきらめるしかない。その一方で、ささやかな贅沢として文化的娯楽を嗜むことはそれほど難しいことではない。ましてや周囲を尊重することにお金はかからない。必要な事は志だけかもしれない。
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お金持ちが必ずしもより尊敬できる人格者である訳ではありません。

実際、その人達にたいする評価は、いくら稼ぐか?という内容よりも、どのような人となりか?という評価になるのではないか?と、僕も最近感じるところがあります。

また、移民一世が一生懸命働いて、子供たちに十分な教育を受けさせた結果、現在では親よりも良い仕事を持ち、立派なマイホームに暮らす子供達がいます。もちろん、中にはすばらしい方もいらっしゃいます。

僕は彼らの両親にもクラス(品格)を感じて止まないのです。

得られる金額なんて人によって違うし現実的な壁は高いのかもしれない・・・

でも、人格者としてのステイタスレベルを上げる事は誰でもできるはず。

より良い品格を生み出そうとする心こそがアメリカン・ドリームと呼ばれるのではないでしょうか?


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テーマ=大事な気持ち - ジャンル=心と身体

【2006/02/03 08:03】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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