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ヴィダル・サッスーン VS ロメンツォ  | 美容道
Twiggy.jpg

Twiggy


60年代のモダニズム運動の中でヘアースタイルに一番関りのあるところは、Vidal Sassoonがイギリスからアメリカへ事業拡張した事です。

1960年代のスウィンギング・ロンドンの高まる中アメリカへ渡って来た。

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有名なファッションブランド「マリー・クワント」。このブランドはマリー・クワントという女性と、その夫が創設したものだ。「古いルールへの反抗」を商品作りの信条としたこのブランドは1960年頃に世界で始めてミニスカートを発表した。これは彼女の店がある付近で爆発的に売れ、徐々に名声を高めていった。そして1965年にアンドレ・クレージュ(1923年3月9日生)という有名なデザイナーさんがミニスカートをコレクションに採用。世界的なブームとなった。そこに現れたのがツイッギーというスーパーモデルの先駆けとされるモデルさんで、彼女がミニスカを履いて、さらにブームを後押しした。日本にもツイッギーが1967年10月に来日し、ミニスカブームが到来した。因みに、マリー・クワントは当時、美容師のヴィダル・サスーンと共にファッションショーを展開していたが、ツイッギーがモデルとして成功したのも、ヴィダルのお陰だったという。
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それまでの女性はヘアーの旧世界で生きていた。上に積み上げてハードスプレーでしっかりと固める事が男性にかしずく女性像の正しいあり方でした。

日本の文化でも、着物や結い髪がそうであるように、西洋ではシャネルが開放したコルセットもそうです。

新星ハリウッド女優オードリーヘップバーンがビリー・ワイルダー監督に「この子はふくらんだ胸の魅力を過去のものにしてしまうかもしれない。」と言わしめ、スレンダーなボディとチャーミングな笑顔と洗練された優雅さを売りにしてハリウッドを代表するスターとなり、グラマラスで金髪がセクシーの象徴と呼ばれた時代に終止符を打ち、60年代にはまた違った美の価値感が育まれようとしていました。

その土壌があって、アメリカ国内での"England Swings"の受け入れ態勢も整っていたはずでした。

しかし、アメリカ美容監査局局長はサッスーンに戦いを挑んできた!
ヴィダルサッスーンが最初にアメリカ店を開いたのは1965年です。

美容師としての彼の成功は本国イギリスにおいて既に成し遂げていた。
ファイブポイントスタイルの考案者として、世界の美容業界に君臨し、アメリカへ進出する必要など無かったのです。


彼はヘアーの旧世界の全てを改革する野心に目覚めていました。

しかし、

当時のアメリカは『でかあたま』にがっちり固められていたのです。

当時のイギリスに比較するとアメリカはまだまだ封建的な世界が牛耳り、階級、階層、男尊女卑、人種差別の巣窟でした。

当時のアメリカ美容監査官ロレンツォは

『私は、恐ろしく危険で絶えず変化する髪なる野性との間にあるかすかな防波堤なのだ!あちらでは男と女の区別もつかないではないか!!』

サッスーンの進出を拒みました。

イギリス人でユダヤ人でもあるサッスーンはロレンツォにとってただの外国人としてだけで無くもっと脅威だった。

監査局は、サッスーンにアメリカの美容試験を受ける事を強要した。

しかし、当時アメリカで行われていた試験は、フィンガーウエーヴにピンカール、レザーカット。

サッスーンが女性があるべき自然な姿を目指してモダン建築の技術から学び、バーバーのハサミのテクニックと融合して構築してきた理論と真っ向からぶつかる内容なのです。

だから試験を受けるのを拒否した。

『私が試験を受けられない理由は、そうする事で21年間働いて来た事を全て裏切るようになるからです。』
とニューヨークタイムズのインタビューで語った。

イギリスで起こっているファッション革命をいち早くかぎつけていたアメリカのファッション誌のライター達がこぞって1963年にフェミニズム+モダニズム+ロンドンスイング(ファッション革命)の記事を書きたて前もって世論を煽っていた。

『ルック』『飾りすぎた髪型への反逆」

『エレノア・ハリス』 「膨らみすぎた髪型の終わり」

彼は世界中の女性の救世主だったのです。

そして、ロレンツォの阻止は何処吹く風、TV出演や雑誌、新聞のインタビューなどで大忙しとなり、映画『ローズマリーの赤ちゃん』に出演するミア・ファローの髪のカットを引き受ける。

これがセンセーションを呼んだ。なぜならその時のギャラが$5,000という大金だったからです。

ライヴでヘアーショーという形式で行われ、多くのプレス代表者達の質問攻めに合うサッスーンの様子を見ながら、ロレンツォはきっと悔し紛れにジダンダを踏んだに違いない。
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テーマ=美容のお仕事 - ジャンル=就職・お仕事

【2006/02/01 15:42】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






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コメント
おじゃましまーす。
基本的に、自慢ブログを広めるためにいろいろコメントしてます。
お気に障りましたら申し訳ない。

ダイエットって誰でも興味があって、美に費やすお金って結構
ありますね!
www.forcejapan-world.com/v-quest
どなたかもしオーナーや代理店の方いましたらば、情報交換いたしましょう。

では。
お金持ちになっても高級車なんてかいませーん!
より。

【2006/08/10 05:11】 URL | あべあべさん [ 編集] | page top↑

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