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 El Cajon の歴史とフセイン暗殺の結末  | アメリカ移住
さて、誠に奇妙なタイトルで今日のトピックを始めるようになってしまったいきさつは、先週ご来店頂いた長年担当させて頂いているジュリーさんの結婚談を聞いた事がきっかけになりました。

彼女は約20年ほど前にイラク人の男性とご結婚されて、サンディエゴのエルカホンという町に暮らしています。サンディエゴ在住の方なら、このエルカホンという町がどのような町か大方イメージがつかれる方も多いかもしれませんが、ご存じない方の為に、少しこのEl Cajon Blvd. 周辺の内容についてお話したいと思います。

エルカホンは1869年に金が発見されたサンディエゴ郡内陸部のジュリアンへ旅する多くの人にサービスを提供していました。食事(馬も含む)付きで1泊1ドルの値段だった。エルカホンはアッシリア人とイラク系アメリカ人の人口が多く、アメリカでは最も大きなカルデア・カトリック教会とイラク人のコミュニティの一つがある。

自治体が、イーストサンディエゴ郊外のベッドタウンとして、町の浄化と発展に努力を費やしている結果が、La Mesa 周辺では見られる傍ら、移民層が多く暮らす土地柄、立地条件としての評価はあまり高く無く、その上、夜になると、売春婦がElcajon へ続く幹線道路 El Cajon Blvd.に立っているという事はかなり良く知られ、そう言った事が、この地域の発展の邪魔をしている事も否めない事実です。

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私は私のイラク人の家系にはじめて嫁いだメキシコ人の嫁なの。
あの当時は極めて珍しく、家訓を破って嫁入りを許可された異例な事だったの。

夫から、彼の家族の歴史を聞知ってるのでね。


1920年代にイラク人がイスラムから弾圧を受けていたキリスト教信者達の多くが生死を賭けて国抜けをして、アメリカのキリスト教徒の団体のサポートを受けて辿り着いたのがシカゴだったの。キリスト教に理解のある裕福な国アメリカには、その後30年代にも、家族をつてにイラクからの移民は増加したの。当時アメリカに暮らすイラク人はお金が無くて、本当に大変な苦労をしたそうよ。


その第一期イラク人移民の中に私の義理の父の親の世代がいるのですが、その方はシカゴ1950年代その移民達の子供達が大人になる頃、私の夫の父は両親から金のローッレックスと少しばかりの金を与えられて、

『これからは一人で生きなさい!』


家を追い出されたました。当時、不況の風が吹く最中、ルーズベルト大統領のニューディール政策が、多くの働き手を西海岸に必要としていました。

私の義理の父もその時、西海岸へやってきたの。

ゴールドラッシュ当時に、もともとサンディエゴの内陸部まで道が繋がっていたElcajon の商業的可能性に気がつくまでにそれほど時間がかからないぐらい、El Cajonはその当時、サンディエゴイースト地域で稀な発展を遂げていたと聞いています。


私の義理の父もElcajonで商売を始め、同胞達も次々とEl Cajon の噂を聞いてサンディエゴへ移り住ん出来たんだそうよ。


1980年代は特に良かったのよ。 だって、1979年にフセインが大統領に就任してからというもの、一気に国内の宗教闘争を治めて、キリスト教の弾圧に対しても緩和な政策を取ったの。さすがに国内でのキリスト教の普及活動には多数派を考慮して許可は出来なかったみたいだけど、アメリカを中心とする、キリスト教受け入れ態勢のある国への亡命の選択肢を与えたの。やっぱりサンディエゴに移住したイラク人はエルカホンに暮らす事になったわ。


だからね〜、、、、


その頃のエルカホンはもうホクホク。


お金のある生き生きとした同胞達が移住して来たのだから、もう商売も上向く一方。

エルカホンは瞬く間に未来の明るい地域へと発展して行ったわ。


それが、ブッシュ父政権に入ってからの湾岸戦争。そして、ブッシュ息子のイラク戦争。

イラクのクエート侵攻とか、アルカイダの援助だどか、理由はさまざま語られたけれどもね?

結局アメリカにとって対イラク政策っていうのはイラクの油田なのよ。

まあ、そこは大きすぎて私みたいな家庭の主婦が話すような内容じゃないんだけど、

その二回の戦争はエルカホンに多大なる打撃を与える事になったのよ。

戦争が生み出したのはものすごい大量な亡命者達。

キリスト教に緩和な政策をとって、国内宗教闘争の鎮圧に成功をしていたリーダーのフセインの銅像がバグダットで倒された後、

エルカホンには命かながら無一文で逃げ出して来るイラク人亡命者が後を引かない。


彼らは衣服も財産も持たずやってきて、行政の支援を受けて暮らしているの。

そして、この国の暮らしに慣れて来ても援助をむさぼる習慣は治らず、いつか、エルカホンの住民は二つの異なる層で構成されるようになったの。


勤勉に働く事を惜しまず、コツコツと自分のやるべき事をやりながら生きて行く人達。

方や、まともに働きもせず、簡単に稼げる方法で人からお金を巻き上げようとしている人達。


それが、El Cajon の今のしこりとなって発展の足かせになっているのよ。


 イラク国内だってそうでしょう? "isis"がやってる事はフセインの内容に比べてどれだけ違う事なの? 彼らは見境無くキリスト教信者を殺害しているのよ!

しかも、フセインが生きていた時の方が、ずっとキリスト教徒達は平和に暮らせていたんだから。

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El Cajonはその土地の形状からかつて、スペイン語でBig Boxと呼ばれたのがその名の由来です。

その後人々はその土地を英語の意味を込めて、”Big Back” と呼び希望に満ちてこの地にやって来た。

そう、かつて金の成る土地とイラク人が呼んだこの土地は、今は寂れてしまって、当時の勢いを感じさせるものは何も無くなってしまった。

戦争というものが、遠い海の向こうだけに影響するものでは無い事を、ヒシヒシと実感させるお話だったと、coolcutsは感じたのです。
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【2014/12/16 03:39】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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