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ベトナムの難民  | 移民の歴史
nanmin2.jpg

貴方はアメリカで生まれ育ったのですか?

はい、私は七歳の時にベトナムを離れました。

まさかボートピープルの一人ですか?

そうです。

あの日、私が家で遊んでいると。

南側の軍で働いていた父が、いつもよりずっと早い時間に仕事から帰って来て、

母の側に行って耳打ちをしたんです。

そしたら、母は急に真っ青な顔になって・・・・・

子供達を呼び集め、

まるで豹変した猫のようにドタバタと家の中をかけずりまわり、

私たちに指図を飛ばしながら、必要な者を大きなバックの中へ詰め込み始めました。

まだ、何がなんだか解らぬままの私たちは、両親に川岸へ連れて来られて。

お父さんの仲間が用意した船に乗り込んだんです。



へえ〜、それでどのくらい海の上にいたんですか?



私たちの乗り込んだ船は中ぐらいの貨物船で普通なら、そのまま太平洋を超えてアメリカへも容易に行けるぐらいの大きさでした。

でも、北側の軍は、難民が国外へ逃げてしまうのを防ぐ為に、予め船底に爆弾で穴をあけていたのです。

船の上にいた大人達はバケツをそれぞれが持って、しみ込んで来る水を絶えずかき出しながら太平洋を目指しました。


私たちの船は丸二日間海の上へ浮かんでいましたが、南シナ海沖で沈没してしまったんです。

その時なんとも幸運な事に、香港の貨物船が通りかかって私たち全員を救助して下さったんです。


私たちは彼らの渡航先アメリカへと一緒に連行されてこの地に辿り着きました。
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テーマ=戦争 - ジャンル=政治・経済

【2012/10/09 09:12】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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