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ある日本人ビジネスマンのサクセス奮闘記 4  | アメリカ移住
ある日本人ビジネスマンのメキシコ奮闘記 1






メキシコティファナ政府から約束された毎月に報酬は$1500だった。

しかし、政府といってもメキシコはいい加減なものでね。

予算を最初の半年でほとんど使い切ってしまっていたんだ。

だから、その中から実際に僕に支払われた月収はたったの$250。

これは困った。

朝昼の食事を抜いたとしても、晩飯に使えるのはたったの$5。

家賃は月$100以上はかけられない。

70年代後期のティファナと言っても、家賃一日$30、

レストランだって、ディナーが$5ではまず食べられない。


とりあえず、フロントに交渉に行く事にした。


『一ヶ月$100で長期宿泊をさせてくれないか?』


当時モーテルの部屋をまとめ借りする人なんていなかったでしょ?

だから、簡単に受け入れてくれた。

さて、次は食事だ。

モーテルの裏手にはレストランがあったんだけど、僕の部屋から厨房の入り口が近かったせいもあって、
厨房のおばちゃんと顔見知りに鳴った。


『一日$5で晩ご飯を用意してくれないか?』

『お易い御用よ!』


毎晩厨房で食事をするようになった。

内容はとても$5で食べられるようなものでは無くて

レストランオーナーとも親しくなって、彼らの家族同様のものを食べさせてくれた。


$250しか給料がないなら、それでどうにかするしか無いでしょう?

そう思ったら待たない・・・・・

すぐに手を打つべきなんだ。


家賃は給料の1/3、そのスケールを満たしてくれる条件の物件を探すか?

それともそのスケールに自分の所得を持って行けるように、副収入を探して来るかね。

僕の場合は食費を切り詰めてバランスを整えた。

ある時、ティファナの州知事が日本を訪問して、大阪へ出張で行った。

帰って来てから彼は、

『あちらで面会をした要人の中に、お前のお父さんがいたよ。君の話はしなかったけどね。』と、言った。


日本企業のメキシコ誘致計画が着々と進んでいた。。。。。
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テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2012/02/20 07:27】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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