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For Whom the Bell Tolls  |
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any man's death diminishes me, because I am involved in mankind, and therefore never send to know for whom the bell tolls; it tolls for thee.

- John Donne -


死者の弔いの金が誰の為に鳴るか? それを尋ねる使いを送る必要は無い。

何故なら、私は人類の一部として存在しているのだからして

誰が死んだにせよ、それは私自身の身を削いで行くのだ。

ージョン・ダンー






民主主義というのは多くの人々の生活の向上を急速にもたらした。

しかし、個人主義という副産物を生んで、今現在、人間はその矛盾と戦っている。

ボスざるを選別し、その配下に群れを形成して生きていた中世までの人間のあり方から

現代の核家族化、そして一人暮らしの一般化・・・・・・

このジョン・ダンが1624年に唱えた人間の存在意義が、180度変化してしまったとは考えがたい

と、coolcutsは思う。

僕は今、民主主義をリードして来たアメリカという国家の枠組みの中で暮らしている。 

しかも、日本人。

どうしてもパシフィックの境界線を超えて物事を考えざるいられない。

そして東側で人が死のうが、西側で人が死のうが、それは我が身の一部を削る出来事なのだと。

この詩は改めて示唆してくれる。

だから、グローバリゼーションの背後で人類が失って来た土着感を呼び起こさせてくれる。


考えてみれば、遠い古の人間のあり方も、現代の人間のあり方も、根本的には何も変わってない。

先祖が生まれた場所よりちょっと遠くにいるだけのこと。

地球の地表で、地球が作り出した資源を利用して、そこで生きてやがて死んで行くだけ。

”地球に繋がる生き方”

変わったように見せて、変わったと思い込んで。

それで、まったく別の常識を作り上げようとしているが、やっぱり根っこは何千年も同じまま。

地球規模のボスざる争いが繰り返されているに過ぎない。

でもね、そもそもボスどうしが喧嘩して勝ったものに従えば良かったんじゃないの?

何故、ボスが喧嘩するたびにその配下で多くの国民の血が流されるようになったのだろうか?

その辺はさるを見習って、ちょっと退化しても良いような気がする。

”誰がために金(鐘?)は鳴る?”

この地球上の誰の死も、己の身を削いでいるのと同じなのだから。

そりゃあ痛い、痛い。
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テーマ=詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル=学問・文化・芸術

【2011/09/18 17:57】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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