Top | RSS | Admin
442  | シネマ


目の前にドイツ兵が現れて、右足を撃ったらね

彼、腰の拳銃に手を回したんだね。 

これが良く無かった。

とっさに左足を狙って二発目を打ち込んだんだ。

そうしたら、彼は仰向けに倒れてね。

天を仰ぎながら、泣き叫んでいた。

仲間に助けを求めていたんだろうね。

私たちはそのまま丘の上に上がって戦場を移動して行ったから、しばらく泣き叫ぶ彼の事を見下ろしていた。

すると、突然。 爆音と共に彼の頭が吹き飛んだ。

仲間が救助に来てくれず、その痛みに耐えかねてね。

手榴弾で自決したんだ。

私たちは英雄でもなんでも無い。

人を殺したんだ。 それも沢山の家族や恋人、子供の父親。 

もしくわ誰かのかけがえの無い息子かもしれない。



私が勲章をつけるのは

故郷に帰れなかった兵士のためです。

私は英雄じゃありません

英雄であったと受賞されましたが

名誉勲章を身につけるのは

戻って来れなかった兵士の為です。




戦後65年の歳月を経て、初めて語られる当時の体験者の言葉は

嗚咽と共に絞り出され、僕たちに戦争の真の恐ろしさと悲しみを訴えかける!



『仕方が無い』


戦争も戦後の貧困も経験せずに生きて来たジェネレーションX世代の僕には

日本人がおおよそ口癖のように使うこの言葉がとても投げやりなような。

改善策を求めて相手に訴えもしないで、ケツをまくって逃げているような表現にしか聞こえていなかった。


しかし、ちっぽけな島国日本では、人が自分たちに与える危害以上に、地震、台風、そして津波等、天変地異が自分たちに与える災害の方がよほど恐ろしく、そして避けがたいものだという意識がいつも心の中にあった。

何かあるごとに、『仕方が無い』と、目の前で起こっている事象を受け入れ、覚悟を決め、前へ突き進む。

という、日本人特有の性質を、この『442』は再確認させてくれた。

彼らが偏見や差別のどん底から這い上がり、数多くの戦果を残し大統領に表彰されるまでのし上がらせた、その根底にいつもあったのは、この日本人が古来から持つ精神だった。


しかし今や、世界有数の近代国家になった日本では、この日本人をいついかなる時も困難から救い出してくれた気質が、今、忘れ去られようとしている。

それは自分自身を見ていてもそう感じるのです。


19世紀末にアメリカへ移住した日系移民は戦前戦後アジア人である事で人種差別を受け続けていた。

他の人種とは結婚させず、日本から妻をめとる事も許されていなかった。 当時は圧倒的に男性が多かった日系社会を“根絶やしにする”。 というのが目的だった。

農業をする意外に働く口は無く、昇級のチャンスも永久に無い! 

アジア人だったからだ!


442連隊戦闘団は第100大隊の意思を次いで連合軍の勝利に大きく貢献した。 

元442連隊の一人は 『無茶な任務だったが、これがチャンスだと思った。』 と語っている

その活躍があったからこそ、アメリカの国内での日本人の戦後復興と発展が潤滑に行えたのだと思う。

『不平不満を言うよりも、まずは自分が属する社会に貢献する。』

この精神があったからこそ、まだ人種差別の楠ぶり公民権運動が盛んに行われていた60年代に、模範的移民としてアメリカ社会へいち早く受け入れられたのだとも聞きました。


僕ちの、今現在ある生活は、彼らの『Go for Broke!』 当たって砕けろ!精神が作り上げたものならば、

彼らの歴史に目をつぶって無知でいてはいけないのではないだろうか?

日本の輸出産業だって、彼らが作った日本人のイメージが多少でも助けになっていないとは言い切れないのではないだろうか?

日本人は今一度、彼らの当時の生き様を学ぶ事から始め、何か方向修正の役に立てるべきなのでは無いか?

日本人に今失われつつある『精神 』について、深く切り込んで下さった、すずきじゅんいち監督に感謝したいと思います。



スポンサーサイト
------------------------------------------------------------

テーマ=洋画 - ジャンル=映画

【2010/08/23 13:29】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






<<ロホイヤ民族大移動 | Top | SUV>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://coolcuts.blog6.fc2.com/tb.php/1898-96fbf203
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| Top |