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亡命者の娘  | アメリカ移住
私、4歳の時からお父さんに会ってなかったから、15歳で再会したときにぜんぜんどう接して良いか解らなかった。



何でずっと会ってなかったの?



私の父はベトナムからボートで漂流してアメリカまで逃げ出した亡命者なのよ。



お父さんが逃げた時に、お母さんと貴方は一緒に行かなかったの?



亡命は手引きをする秘密団体がいてね。 私と母は父と別のボートで出国する手配になっていたの。


実際に父が亡命してから後に何度も亡命は試みたけど、全て失敗に終わったのよ。


そのうちにお金が尽きてしまって、結局父と母は別々の国で暮らすことになったの。



お父さんは貴方をすぐにでもアメリカへつれてこようとしなかったの?



彼も亡命してすぐは地を這い蹲るように生きて、とてもそんな余裕なんて無かったのよ。


気の遠くなる時間の中で、やがて父と母は新しいパートナーとめぐり合ってそれぞれの道を歩き始めたの。


そして、とうとう私が15歳になった年、父のスポンサーリングで母と私はアメリカへ移住する事ができたの。


でも、その頃にはもう父には一緒に暮らしている女性がいたし、他に子供もいた。


母も以前と同じ感情で彼を見てはいなかったわ。


だから結局二人は私たちの渡米後に離婚したの。


私はアメリカに来てからも3年間養育費を受け取る以外の親子の交流はほとんど無く、相変わらず父なし子だった。


クリスマスになると家族みんなが集まってパーティーをするアメリカで父は私の家へは帰っては来なかった。


私と母は二人きりの寂しいクリスマスをいつも過ごしていたの。


だから、12月はとってもきらい。


未だに息が詰まりそうになるの。


戦争はその中で暮らす人たちの運命を180度変えてしまう。


もし、今でもベトナムで家族三人が一緒に暮らしていたなら、私の人生はいったいどうだったんだろう?


時々そう考えるときがあるわ。


ベトナムはそれは貧しい国よ。


でもね、みんな必要以上のものを欲しがらないし、自分の手に入るものだけで結構幸せを感じて暮らしているわ。


私はこの何でも手に入るアメリカに15歳の時から暮らしているけれど、”まったく同じものさしでは計れない”って


つくづく思うの。


人の絆の深さや、感謝する気持ち。


あの頃自分が持っていたはずの感情が薄れていくのを時々ふと感じる事があるの。



表現の自由や物質に困らない生活の変わりに失ったものも必ず存在する。


私に子供が生まれたら、そんな私の失われつつあるものを伝えてあげたい。


完全に消えてなくなってしまう前にね。


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【2010/04/22 09:02】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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