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かつてあった真のリーダーシップ  | 世界から見た日本
9月27日午前9時50分、昭和天皇を乗せた車が、アメリカ大使館公邸に向かって、皇居を出発した。

シルクハット、モーニングで正装した昭和天皇の表情は、同行した通訳は「非常に厳しいお顔だった」と回想している。

そう、63年前の9月27日は、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーと昭和天皇が初めて面会をした日なんです。

8月15日、日本がポツダム宣言を受諾してから一ヶ月以上もの月日が経っていた。

マッカーサーは天皇が自ら出向いてくるのを待っていたのだ。



マッカーサーの軍事補佐官ボナーフェラーズは

 『天皇は日本人の精神的なよりどころであるとして、天皇の意向を利用した統治を進言していた。』

一方、昭和天皇は、

『自分の臣下だったものが、戦争犯罪人として裁かれることを心配していた。』


二人きりで行われた会見の内容は、当時も今も公式に発表されていない。


マッカーサーの回想記によれば、昭和天皇は恐怖に震える体を必死に落ち着かせながらこう言ったという。
『政治、軍事の全責任は私にあり、私自身を連合国に委ねる』



天皇との初会見の朝、マッカーサーは出迎えも見送りも一切しないと決めていた。

占領軍が敵国の国家最高責任者と会う場面ではそれが正しいあり方だと考えていたからだ。


しかし、35分の会見を終えたマッカーサーは玄関まで丁寧に見送りに出たという。

ヒロヒトに真のリーダーシップを見出し、尊敬の念を隠せなかったからだ。

「私は、この瞬間、私の前にいる天皇が、日本の最上の紳士であることを感じとったのである」

彼は後の回想記にこのときの心情を語っている。


恐らくあの戦争は過ちだったのだろう。

310万人もの日本人を死なせ、国民は皆苦渋の思いを味わった。

しかし、日本国民が決して忘れてはならない瞬間があるとしたら・・・・・・

それはヒロヒトという人間が自分の死をも省みず全責任を追う事を決断し実行したこの35分だろうと思う。


天皇は国民の象徴である。



天皇崇拝が完全に歴史の中の一部でしかなくなった現在の日本では

そんな事を取り決めずとも、一億玉砕などという最悪の自体には決してならないだろう。

だから、僕はここで尊王論を叫んでいるわけじゃない!


しかし、僕らが置かれている環境を考えてみよう!


経済の破綻を我が責任として覚悟を決める政治家がいったいどれだけ現在の日本に存在するか!

会社の経営悪化の責任を従業員へ責任転嫁せず、己自身に全責任を追求しうるリーダーがどれだけいるだろうか!

僕達日本人があの暗い戦争の戦歴の中に何か学ぶ事があるとしたら、やはりこの9月27日のヒロヒトの人となりに学びを得たい!
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テーマ=歴史 - ジャンル=学問・文化・芸術

【2008/09/27 00:17】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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