Top | RSS | Admin
スポンサーサイト  | スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
------------------------------------------------------------
【--/--/-- --:--】   | Top↑






Pearl Harbor サモアンの立場  | 世界から見た日本
DSC_2038-2.jpg


今回のハワイ旅行では、今まで2回のオアフ島旅行で行けていなかった、パールハーバーへ行って来ました。

アリゾナ記念館へは残念ながら行けませんでしたが、中には潜水艦の内部の展示や、日本の人間魚雷の展示等もあり、かなり日米の当時の戦況を物語る展示内容に触れて、現在アメリカに暮らし、アメリカ人サイドからのパールハーバについて見聞きしている僕にとっては、日中の板挟みになってしまったようにも感じました。
しかし、土産物屋に入って陳列されている品を眺めているうちにですね、

『ああ、ここはやっぱりパールハーバー攻撃への憎しみと第二次世界大戦でのアメリカの勝利を讃える場所なんだ。』

と、実感しました。

そんなおり、後日オアフ島内一周のバスツアーに参加した時の事です。
運転手兼バスガイドのおじさんはたまたま、サモアン・ジャパニーズ 3:1だったのですが、パスがパールハーバーにさしかかると、こんな事を話し始めました。


『あのですね、ここパールハーバーには毎年沢山の日本人旅行客がおとづれているようで、それを快く思っていないアメリカ人も多いかと思います。』


僕はアメリカ人が利用する観光バスに乗っていたので、見渡す限り日本人はどうやら僕一人のようです。
なのでちょっとちじこまって彼の話を聞く事になりました。でも、彼はその後こう続けました。


でもね、さて、あの真珠湾攻撃で、アメリカ人の悲劇がうたわれます。日本人の勝利が讃えられます。

しかしですね、皆さんこの事を忘れないで下さい。


あの真珠湾攻撃の犠牲者がいったいだれだったのか?


あの当時、ハワイ島はアメリカの一部でもなんでも無かったんです。


ハワイがアメリカの50番目の州となったのは1959年の8月の事です。

真珠湾攻撃は1941年。

アメリカ軍が駐屯していなかったらハワイへの日本の攻撃は無かったでしょう。

そう言った意味では

あの真珠湾攻撃の真の犠牲者は私たちサモアンなのだ!

と僕は皆さんに訴えたい。

日米の戦争について語る人は沢山います。真珠湾攻撃の真実について沢山の読み物が出版もされました。

しかしながら、誰一人として、サモアン側から見た立場でこの戦争を語る人はいないのです。


だから、このバスにたまたま乗車頂いた皆様、このサモアンのじじいが言っていた、

パールハーバーの真の犠牲者について、心の片隅にしまっておいて下さい。

そして、大国が小さな島国や発展途上の小国へ我が物顔でやってきて、その領地で勝手に破壊行為をする事に
少しでも違和感を感じる心を持って下さい。

そうしたら、この世界中で行われている侵略行為と呼ばれるもの、それに対する反撃をバックアップする大国のその間で揺れ動く小国の苦しみがきっと貴方にも理解できるはずなのです。

僕の中のパールハーバーは、アメリカにとって、太平洋戦争のきっかけ作りだった。とか、日本にとってこのハワイは咬ませ犬だったとか、、、、?


僕らは、すでに見聞きしていた、そんな歴史的事実を確認するためにここにきたのですが、日本人もアメリカ人にも計り知れない、


サモアンの立場を知る事ができた事は、今回のハワイ訪問で得た本当に貴重な体験でした。


昨日が丁度日本では原爆記念日にあたるので、広島出身の僕は、アメリカにいてもアメリカ時間の8時15分の黙祷をしました。こちらではサイレンも鳴らないので、黙祷時間は自分の目分量になりますが、忘れてはならない日本人の心に刻むべき時間だと、思っています。


あの時の日本は一体どんな気持ちであの戦争を戦っていたのだろうか?

ヨーロッパのアジア植民地政策に揺れ動いたアジアの最後の砦だった”日本”。

アメリカにはロシアの南下を少なからずとも阻止したいという考えはヤルタ会談の時にも既にあったのではないだろうか?


だとしたら、やはり僕たちの母国日本もパールハーバーと同じなのではないか?

こんな事を言ったら、「お前らが戦争の当事者だっただろう!」って言われそうだけど。


いずれにしても、”アメリカ人が原爆記念館を訪れる事を快く思わない” なんて理屈にはならないだろう。


エノラゲイの乗組員だった男性が広島を尋ねた時のドキュメンタリーを視た事がある。
あの映画の中で、原爆投下を正当な行為であったと言い放った彼に対して、被爆者たちは詰め寄った。


僕も心の底では謝罪をして欲しかった。


でも、それは間違いなのだろうか?


やっぱり僕は、たとえ戦時の任務遂行に対して否定的な意見は言えないにしても、原爆投下は二度と繰り返しては行けない過ちであったと、認知する事は間違いでは無いと思う。


先日お店に来られた大学の教授をされているお女性が、広島の原爆投下について、ほぼ日本人と同じ意見を持っていた。

アメリカ人全てが意固地に、あれは正しかったっと言っている訳じゃない。
だから、きっと道はある。世界中の爆撃を阻止するため、もっともっと広島をクローズアップするべきだと思う。あのサモアンのおじさんのように観光客に毎回のように、伝えて行くのも一つの手であろう。

イスラエル、パレスチナ。 今もどこかでミサイルが人々の頭上に降って、多くの命を奪って行っているのだから。


急がなくては。


スポンサーサイト
------------------------------------------------------------
【2014/08/07 16:08】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






| Top |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。