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ティファナに日系企業が集まってくれる従って、アメリカの国境を超えてサンディエゴへ出向く用事が増えて来た。
そんなおり、良く訪れるようになっていた日本食料亭の主人に気に入られ、彼らの娘を紹介されたんです。 しばらくして結婚、ラスベガスにドライブして$25でね。 貧乏だったね~、、、あの頃は・・・・・ 貯金は$5000あったけど、 その頃の僕は独立したいという想いにかられるようになっていたから、その運転資金の為にとっておいた。 自分の会社を立ち上げる為に$120,000の貯金が必要だった。 いつ会社がポシャっても従業員の生活の保障が出来るようにしておきたかったから。 そのために、僕と奥さんの生活は切り詰めていた。 朝早く家を出かけて、海に仕掛けをとりつけて、帰宅前に魚を捕獲して、家で料理する毎日。 それから、何処かで住宅説明会なんてのがあると、そのつど食事が振る舞われたりしたんだけど、二人で出かけて行って、ただで食事をしたりもした。 楽しかった~!!! あの頃が一番楽しかったような気がするよ。 お金は無かったけどね。 『80年代という時代はもう、世の中の仕組みがしっかりしていた頃だから、その状況で楽しめるのはやっぱり普通の人では無いですね。』 普通だよ~、身の丈以内の生活をして来ただけなんだから。 それに夫婦二人で共有する夢があった。 小さい工場だったよ、工場の中のほんの一角を借りてね。 7人で始めた。 利益なんてそんなに簡単には上がらなかったから 僕の給料も取れたり取れなかったりでね。 でも従業員には約束した報酬はきちっと払っていたし 売り上げが下がると、まず自分の給料から差し引かせた。 長いおつきあいで取引の多い顧客には利益の出る範囲内で仕事単価を値引きしていった。 それでも仕事の品質管理は怠らずね、やりましたよ。 起業を考える時に一番大切なのは何だと思いますか? 『儲かる仕組みを作る事ですか?』 『あんまり物質的な内容ばかりを考え過ぎるのは良く無いですね。』 吸引力です。 貴方自身が人を惹き付ける魅力を持つという事。 そうすれば、必ずその力が貴方を成功に導いてくれるはずです。 お得意様に対して単価を落としてでもしっかりと丁寧な仕事を重ねた結果 取引一つあたりの利益はとても小さくなった。 だから私の会社はそれほど利益率の良い会社運営では無かったんです。 経営の教科書ではぜったいにタブ~な内容なのかもしれませんね。 でもね、不思議な事が起こるんですよ~。 ある時を境に急激に売り上高が伸びて来て、私にも想像できなかった年商を上げる会社に成長したんです。 私が貴方に成功の秘訣として一つ言える事はですね。 貴方が人を惹き付ける ”気” を発するように訓練する事です。 貴方がただ部屋の中にいるだけで、その場が明るくなったり。 皆が生き生き働けるようになったり。 それは ”エゴ” の中や ”物質的な欲望” の中には生まれて来ない事なのです。 僕はもし、売り上げが落ちればいつでも自分の生活レベルをダウンサイズして収入がゼロの状態でもサバイバルできるように変化させる事が可能です。 妻もそれをそばでしっかりサポートしてくれます。 だから、最初の会社の立ち上げの時も、不況に入った後でも、”不動心” でいられました。 一緒に仕事をしてきた仲間に対しての退職金の用意だけはきっちり出来てましたからね。 ”いつでもきれいに辞められる” その安心感が、その都度冷静な判断を僕にさせてくれました。 昨年、25年続けた会社をNo.2 に譲ってリタイヤしました。 もちろんタダです。 彼の献身的な仕事ぶりの感謝の気持ちとして、彼専用の口座を開いて少しずつ貯金しておいたお金が$100,000にもなったので、それを運用資金として与えてやりました。 従業員全員に退職金もきっちり支払って身を引きました。 『すごいですね~、せっかく作った会社を売ってお金儲けをしようとは思わなかったんですか? しかも退職金まで・・・・。』 彼が引き継いだ後、一ヶ月で会社が潰れてしまうと働いている人が路頭に迷ってしまうでしょ。 僕にとって、仕事はご飯を食べる手段にしか過ぎません。 だから、仕事が僕の生活を乗っ取ってしまって、僕の生活が仕事の為にだけにまわるなんて事もありませんでした。 日本で仕事をしていた時でも、周りの人間が『会社に命を捧げる!』なんていうのを横目に、僕は一度だってそんな事は考えた事がありません。 だから、自分が作った会社にしても、”執着” というのが無いんですよ。 でも、僕のハーレーは違いますよ! あれは誰にもやれません。 当たり前だのクラッカーです。 ”夢” や ”ゴール” を持つ事は大切ですよ。 でも、そのゴーサインを出すのは貴方自身の存在価値が自然に発動するものです。 貴方には決定権はありません。 貴方が自分自身を磨き、その力を蓄える努力をすれば 貴方の吸引力が自然と物事を前に進めてくれます。 そして、その吸引力を作る一番感じんな事は。 生活を質素にする事です。 貴方の価値は、貴方が身につける物が決定するのではありません。 貴方自身の魅力が周囲の人に認められた時に、初めて鏡写しに帰って来るものです。 だから、身の丈に見合った生活を心がけをする事。 その習慣はビジネスファイナンシングの舵取りにも現れて来ますからね。 入って来る以上に使うような社長なら、やっぱり会社も赤字経営確実。 僕は25年間の会社経営の中で一度もローンを使った事が無いんですよ。 無けりゃ無いようにやる。 それだけの事です。 勝負は殴って来てから防御を考えると、始まる前から既に負けです。 相手を包み込み、道を開く。 そう心がけて生きてみて下さい、きっと良い事がありますよ。 |
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ある日本人ビジネスマンのメキシコ奮闘記 1
2 3 メキシコティファナ政府から約束された毎月に報酬は$1500だった。 しかし、政府といってもメキシコはいい加減なものでね。 予算を最初の半年でほとんど使い切ってしまっていたんだ。 だから、その中から実際に僕に支払われた月収はたったの$250。 これは困った。 朝昼の食事を抜いたとしても、晩飯に使えるのはたったの$5。 家賃は月$100以上はかけられない。 70年代後期のティファナと言っても、家賃一日$30、 レストランだって、ディナーが$5ではまず食べられない。 とりあえず、フロントに交渉に行く事にした。 『一ヶ月$100で長期宿泊をさせてくれないか?』 当時モーテルの部屋をまとめ借りする人なんていなかったでしょ? だから、簡単に受け入れてくれた。 さて、次は食事だ。 モーテルの裏手にはレストランがあったんだけど、僕の部屋から厨房の入り口が近かったせいもあって、 厨房のおばちゃんと顔見知りに鳴った。 『一日$5で晩ご飯を用意してくれないか?』 『お易い御用よ!』 毎晩厨房で食事をするようになった。 内容はとても$5で食べられるようなものでは無くて レストランオーナーとも親しくなって、彼らの家族同様のものを食べさせてくれた。 $250しか給料がないなら、それでどうにかするしか無いでしょう? そう思ったら待たない・・・・・ すぐに手を打つべきなんだ。 家賃は給料の1/3、そのスケールを満たしてくれる条件の物件を探すか? それともそのスケールに自分の所得を持って行けるように、副収入を探して来るかね。 僕の場合は食費を切り詰めてバランスを整えた。 ある時、ティファナの州知事が日本を訪問して、大阪へ出張で行った。 帰って来てから彼は、 『あちらで面会をした要人の中に、お前のお父さんがいたよ。君の話はしなかったけどね。』と、言った。 日本企業のメキシコ誘致計画が着々と進んでいた。。。。。 |
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あけばあ、しげじい! さりながやってくれましたぞ~!!! 2011年2月12日、本年度待望の初戦! West Covina Tournamentに出場したさりなが、 4戦連勝 優勝! しかも全て一本勝ち! 今年はとっても良いスタートが切れました。 さりなはいつも試合になると心臓がドキドキするのに、今回はとってもリラックスして戦えたそうです。 ビデオを見る限りでは、体の中心が決まっていて、目線が対戦者の胸元を見てるし、 落ち着いて動きを観察できてる、動きにも少しリズムが出て来たようです。 一戦目は試合開始たったの14秒で、内股一本。 二戦目は同じ美事道場のサマンサと戦って接戦の末、大外刈りで決着! 三戦目はけんけん内股から相手が崩れたところで、肩固めで押さえ込み一本! 四戦目は横四方固で一本勝ち! しかし、兄弟子のアンソニーの動きに良く似て来たな~。 相手のグリップのかわす時の上半身の動きとか、ダンスを踊っているような足払いのステップとか。。。。 同じ釜の飯というのはこういう事なのですな! 彼みたいに強くなってくれたら嬉しいな~。 ちなみに、けんけん内股から後の体落しの映像は今回セカンドプレイスだったさりなの同胞サマンサが繰り出した技です。(音楽にピッタリなのでついつい合成してしまいました。すみません。) 彼女の技はキレがいい~、さりなにとっては油断のならない存在です。 じいちゃま、ばあちゃま! 2012年のさりなの活躍に乞うご期待! |
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またもや偉大なボーカリストがこの世を去りました。 ホイットニー・ヒューストン(48) が、2012年2月12日に、ビバリーヒルズ、ビバリーヒルトン・ホテルの一室で容態が悪化した状態で発見され 蘇生処置のかいも無く、同日3時55分に死亡が確認されました。 1985年にデビューして以来そのすばらしい歌唱力で世界中の人々の心を掴みアメリカ合衆国史上4番目に最も売れた女性歌手として評価された。 女性ボーカリストでは初めてのビルボード初登場1位の偉業を成し遂げ、アルバムは1億4,000万枚以上、シングルは5,000万枚以上を売り上げた。 人々に感動と幸せを与える音楽。 それをあれほどの表現力で歌いきる歌姫たちに 何故幸福が訪れないのでしょうか? 今この『Greatest Love Of All』 を再び聞いてみても、彼女の歌のレンジの広さびしびし伝わってきます。 偉大なるソウルポップシンガー、ホイットニーのご冥福をお祈りします。 |
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