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アムトラの車窓から  | 海外旅行
オレンジカウンティーのアルバインからAmtrakに乗ってサンディエゴへ帰ってきました。

片道19ドル、快適な沿岸列車の旅ぃ~!!

一応チケットには座席番号が書いてあるのに、乗ってみるとガランガラン。

制服を着た車掌さん風の女性が僕がカメラを抱えているのを見て、


『右側の窓際の席に座りなさい、ビーチが見渡せるからとっても奇麗よ。』 と教えてくれた。



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今まで車でしか通った事の無い OC←→SD の道のり、フリーウエー5号線は道路と車しか見えなくてとっても味気ない。 しかも混んでいる時は3時間以上もかかる。


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ビーチ脇のトレイルを自転車に乗っている人、ウォーキングをしている人。

そして浜で釣りをしている人に、水着姿で日光浴をしている人


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浜ベリの丘に咲く春の花々


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そして、もちろんサーフィンをしている人だっている。



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オーシャンサイド名物『Nipple』 原子力発電所の建物がおっぱいの形に似ている事からついた通称。

アムトラからはかなり建物が巨大に見えます。 これが見えたらあと一時間

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今まで見た事も無かった角度で見る湿地帯



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海のきらめきを車窓から眺めながら、くつろぎの2時間足らず。



Amtra.gif

アムトラックはサンディエゴダウンタウンのサンタフェ駅に着きました。


と、ココまでは順調でしたが・・・・・・



僕が住んでいるEast Lake まではこれからまたトローリーに乗り換えて、30分も揺られるとやっと、最寄りの 駅にたどり着きます。そこからバスに揺られる事約30分。

待ち時間も加えたらやっぱりみっちり3時間はかかってしまいました。

アメリカのサウス・ベイの公共交通事情はやっぱり不便ですが、


アムトラックの車窓からの眺めは、結構うっとりする風情があります。
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テーマ=アメリカ - ジャンル=旅行

【2010/04/30 15:54】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






春の浜  | D70
Beachinapril.jpg

今までSIGMAのDC18-125一本でがんばって来たけれど、どうしても室内でのフォーカスがユルユルで、娘の柔道の試合風景がまともに撮影できた試しが無い。

広角18mmから120mmmまでという設計はとても使い勝手が良かったが、体育館でのスポーツショットという目的達成にはちょっと物足りず、ゴミ箱行きのショットがかなり増えて来た。


”道体静止”、それでいて安価。


というのをテーマに新しいレンズのリサーチを始めた。

それで見つけたのがこの優れもの。 

伝説の中望遠レンズ ニッコール70-210mm Dタイプを手に入れた。


70210-56-950.jpg


1982~1993年の間に製造されたNikkor製レンズの中で、いわゆるDバージョンは1993年ニューエストバージョンだ。

このレンズ発売以降、300mmレンズが主流になってきたおかげでこのクラスのレンズの需要が下がって値崩れ。

ebay でたったの$150で落札。 Dタイプでなければ$100以下で落札されるときもある。 

でも、このレンズ能力はこの値段を超越している。

外観はプラスチック製のレンズが増えた昨今には存在感のある金属感触を持っている。

この ”D” というのはDistanceを意味していて、レンズが被写体までの距離を知らせてくれる機能を指している。特にフラッシュ使用時でのマトリックス・メーターの精度を強化したというのが売りらしい。

だけど、このレンズの本当の底力はそんな事では無くて・・・・・


D機能を生かしきる為に新たに搭載された超高速ギヤの威力!

F値は70 mmで4、210 mm サイドで5.6と決して明るくは無いレンズなのですが、室内の210mm望遠使用時でも、そのAF機能には衰えを感じません。

この上の写真はカリフォルニアの沿岸を時速75キロほどで走る列車の中から、浜辺に横たわる女性を狙って撮影したもの。 

彼女の姿を発見してから前の座席に置いておいたカメラを持ち、そして構えてAFロック後に撮影しようと思ったら、もうすでに後ろ目に被写体が動いていたので、僕はさらに後ろにカメラの持ち手を振らなければならなかった、AFロック解除、再度半押しでの慌てショット。クリスプ!とは行かなかったが結構ピントはあってると思う。

あの極限状態(なんでそんなに焦って撮る必要があるのか解らないが...)でSIGMA18-125 mmではブレブレだったろうと思う。  まあ、その前に300 m以上離れた被写体にリーチできないのは間違い無い。

D70のAutoモードで撮影後なんだか色飛び加減で収まっちゃったのでphoto shopのAuto Level 機能にかけたらぜんぜんきれいに蘇った。でも、やっぱりこの色あせたレトロな気分が好きなので、元画像のままシネマ調にトリミングをして、はい、ご覧あそばせ。

このレンズの問題点と言えば、
絶えず小刻みなAF制御を行っているので、かなりバッテリーの消耗がある事。
マクロ機能が無いので、70mmというのはちょっとスナップ写真的な感覚では撮影できないほど焦点距離が長い。
室内撮影では望遠側でD70がISOを自動的に上げてしまって通常のAuto設定では画像にノイズが出たように見える事
(ISO を固定してシャッタースピード優先設定で露出のバランスを取ったら解決しました)。
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テーマ=撮ってみた - ジャンル=写真

【2010/04/27 02:14】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






IRC  | アメリカ移住
Muganga.jpg

先日4月15日に大統領夫人Michelle Obamaがhealth campaign のためにサンディエゴを訪れた。

彼女は地震災害を受けたHaitiとMexico City を慰問するに先駆けて、サンディエゴ入りをしたのですが

最初の来訪先が、なんと僕の家から車で30分、シティーハイツにある自然野菜栽培農園だった。

僕にはどうしてもこんなちっぽけな自家栽培の農園をミッシェルが訪れなければならない理由が解らなくて

訪ねてみる事にした。

案内をかってでてくれたのはムガンガ君
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やあ、僕の名前はムガンガ。

ソマリア生まれだけど子供の頃にケニアに亡命して、それから2003年にアメリカのテキサス州に移住したんだ。


移住はIRCのスポンサーリングでなされたの?


ここで菜園をやってるほとんどの人がIRCInternational Rescue Committe)の助けでビザを取得してアメリカに住んでるんだ。 

だけど僕の場合は別のリーガル団体が世話をしてくれたんだ。


IRCだけじゃなくて他にもそう言う団体はあるんですね。


ああ、あるよ。でも、移住した後もこうやって生計を立てて、地域に溶け込む為の手助けをしてくれる団体は他には無いね。

IRC.jpg




先日ミッシェルオバマさんがここへやって来たって聞いたけど、貴方は直接お話をする事が出来ましたか?



IRCの役員とその関係者は直接話をしたようだけど、僕たち移民は招待はされてはいないね。

ああ、でもココでずいぶんと長く僕たちに菜園の栽培の指導して下さっている先輩は、直接話をしたって言ってたな。


来訪の目的は何だったんですか?


ここの農園は内乱の続く国からの亡命者達に年間$30で貸し出され、栽培の指導を受けながら野菜を育てているんだ。健康に良い自然栽培の奨励と、貧しい地域の経済の活性化という二つの面で視察にいらしたんだと聞いてるよ。


僕らソマリア人のように内戦の続いた国の貧しく虐げられた人々が、アメリカに住み着いて、最初に仕事を持とうと思っても色々と問題があるんだ。

幼い頃から武器を持たせられて、部族同士が戦う事を強いられて来たんだ。


定職についてもすぐ喧嘩して辞めさせられたりするんだよ。

あちらに残る者は海を往来する貨物船を襲う海賊になったり、アメリカに辿り着いた者でも、その多くはギャング集団に所属して暴力でしか身を立てられない。

だから、あっ、ほら今若いのがフェンスの向こうに走って来てるだろう。 彼らみたいな若者がね、僕たち年長者と一緒になって菜園をする事は。

ソマリアの血なまぐさい生活から離れ、アメリカの平和な生活に移行する良いリハビリになるんだよ。

動物を飼うと心が安らぐのと同じさ!


地域の活性化には暴力の撲滅というのが重要な課題になっているから、こんなちっぽけな菜園が結構その鍵を握っているっていうわけなんだ。


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*シティハイツの住民にも今回のミッシェル・オバマ氏の訪問についてお話を伺いましたが。 彼女がシティーハイツを低所得者居住区域と呼んだ事に少々不満のようでした。

『そうさ、発展途上地域って呼ぶべきなんだよ!』 ってね。

でも、彼女はサンディエゴ内のシティー・ハイツの面子を考えるというよりか、アメリカ全土の同じような居住区域に大して発信する情報のインパクトを狙って、あえてこの言葉を選んだのかもしれない。


ソマリア関連過去の記事
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テーマ=農業 - ジャンル=就職・お仕事

【2010/04/26 11:24】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






Norah Jones in San Diego  | MUSIC


行って参りましたノラ・ジョーンズのサンディエゴライブ!

2009年11月17日にリリースされたばかりの アルバム The Fall を引っさげてノラジョーンズがサンディエゴへやって参りました。

このアルバムではTom Waits や Modest Mouse, King of Leon, Mutemath, Archie Bronson Outfit, Buddy Guy 等のアルバムのプロデュースを手がけた、Jacquire King の手で完成された。

彼女のお父上はサンディエゴ在住のビートルズのジョージ・ハリソンにシタール演奏を教授した、かの有名なシタール奏者Ravi Shankerの娘、そしてAnoushka Shankarの腹違いの姉妹として生まれた彼女。

さすが音楽の血統書付き! いや~なかなか良いコンサートでした。

新しいアルバムからの曲は結構自分でギターをひいたり、レトロデザインのシンセピアノのサウンドを取り入れたりと、ちょっと80年代のブリティッシュポップのテイストが盛り込まれているのかな?

日本で言うと、一風堂の『すみれSeptember Love』って感じかな?

以前のジャズブルース調のノラを期待して来たら少し雰囲気が違うかも?

でもね、この Chasing Pirates のビデオクリップはノラちゃん本当に可愛いですね~。

でも、長かった髪をパッツリボブに切って、水玉のフレアドレスにピンヒールの姿は80‘sアイドル時代を彷彿とさせる出で立ち。

な~んか垢抜けしたうえに、あれほど以前はMCを入れるたびに緊張して顔を引きつらせていたノラが、まるで別人のように、とっても軽快なおしゃべりとCalifornian Dudeのしゃべりをまねてみたり、観客を笑わせる場面も盛りだくさん。

もちろんあの名曲[ Don't know why ][come away with me]も歌ってくれました。

盛り上がりましたね~、やっぱり僕はこの路線がとってもノラのセクシーボイスが強調されて好きだな~。

一応携帯電話での盗み撮りを試みましたが、ちょっとステージまで遠かったので米粒のような写真でした。

Norha Jones Live




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テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2010/04/25 17:18】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






Refugee/Oi Va Voi  | MUSIC


1990年にイギリスのロンドンで結成された Oi Va Voiは現在ゲスト、メンバーを含めると総勢9人の大所帯。

このバンド名の意味はアシュケナージュ系ユダヤ人の間で使われている、イディッシュ語で ”Oh, Dear!"

Ashkenazi系 Sephardi系 のユダヤ系音楽、Klezmer、Judaeoのスパニッシュ系音楽、そしてイースタン、ヨーロピアン音楽ハンガリアン・フォークソングを融合させたエレクトリックサウンドはとてもユニークな響きを持っています。
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テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2010/04/22 13:27】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






亡命者の娘  | アメリカ移住
私、4歳の時からお父さんに会ってなかったから、15歳で再会したときにぜんぜんどう接して良いか解らなかった。



何でずっと会ってなかったの?



私の父はベトナムからボートで漂流してアメリカまで逃げ出した亡命者なのよ。



お父さんが逃げた時に、お母さんと貴方は一緒に行かなかったの?



亡命は手引きをする秘密団体がいてね。 私と母は父と別のボートで出国する手配になっていたの。


実際に父が亡命してから後に何度も亡命は試みたけど、全て失敗に終わったのよ。


そのうちにお金が尽きてしまって、結局父と母は別々の国で暮らすことになったの。



お父さんは貴方をすぐにでもアメリカへつれてこようとしなかったの?



彼も亡命してすぐは地を這い蹲るように生きて、とてもそんな余裕なんて無かったのよ。


気の遠くなる時間の中で、やがて父と母は新しいパートナーとめぐり合ってそれぞれの道を歩き始めたの。


そして、とうとう私が15歳になった年、父のスポンサーリングで母と私はアメリカへ移住する事ができたの。


でも、その頃にはもう父には一緒に暮らしている女性がいたし、他に子供もいた。


母も以前と同じ感情で彼を見てはいなかったわ。


だから結局二人は私たちの渡米後に離婚したの。


私はアメリカに来てからも3年間養育費を受け取る以外の親子の交流はほとんど無く、相変わらず父なし子だった。


クリスマスになると家族みんなが集まってパーティーをするアメリカで父は私の家へは帰っては来なかった。


私と母は二人きりの寂しいクリスマスをいつも過ごしていたの。


だから、12月はとってもきらい。


未だに息が詰まりそうになるの。


戦争はその中で暮らす人たちの運命を180度変えてしまう。


もし、今でもベトナムで家族三人が一緒に暮らしていたなら、私の人生はいったいどうだったんだろう?


時々そう考えるときがあるわ。


ベトナムはそれは貧しい国よ。


でもね、みんな必要以上のものを欲しがらないし、自分の手に入るものだけで結構幸せを感じて暮らしているわ。


私はこの何でも手に入るアメリカに15歳の時から暮らしているけれど、”まったく同じものさしでは計れない”って


つくづく思うの。


人の絆の深さや、感謝する気持ち。


あの頃自分が持っていたはずの感情が薄れていくのを時々ふと感じる事があるの。



表現の自由や物質に困らない生活の変わりに失ったものも必ず存在する。


私に子供が生まれたら、そんな私の失われつつあるものを伝えてあげたい。


完全に消えてなくなってしまう前にね。


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【2010/04/22 09:02】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






JPL  |


私は JPL (Jet Propulsion Laboratory)に所属してるの。


『それはどのような会社なんですか?』


NASA宇宙局の惑星探索計画や衛生観測計画の中で、無人探査機等の研究開発及び運用に携わる研究所なの。

そこではどんな任務についていらっしゃるんですか?

私はね、無人探査機が撮影するビデオ映像カメラ危機の開発責任者をしているの。


『それはすごい仕事ですね!』


そうね、実際のカメラのテクノロジーに携わっている開発者はサンディエゴのロホイヤにいるので、会社と彼の連絡係ってとこかしら? 

でも、ちょっとだけ責任は重いわ。



『ところで、人間はいつ頃から月で暮らせるようになりそうですか?』



それが、月面移住計画が断ち切れて、月面探索計画ももう打ち切りになっちゃったのよ。



『ええっ! 何故ですか?』



月面上では生物が存続できる条件がほぼ無に等しいという事がわかって、それを可能な域にまで作り上げるのに要する予算は莫大なものになるって事が解ったからなの。

ブッシュ大統領はそれでも月面移住計画を継続するように働きかけていたけど、どうやらとうとう打ち切られてしまったのよ。

今現在は、表面に水分の保有が認められている木星や火星に白羽の屋が当たって、探索計画を進めているのよ。


ロボットの発達で人間を未開の惑星に送り込む必要も無くなったし、ますます私たちの探査機が活躍してるのよ。



『僕は写真を撮るのが好きなんですが、宇宙探索用のカメラというのはかなり特殊なものなのですか?』



どんな温度や環境かでも最高の精度と強度を兼ね備えたハイテクカメラね。

それから、私の会社が契約している映像機器の開発者はが、将来的には一般消費者向けのカメラを生産して流通させる計画を進めているから、きっと既存のカメラメーカーではとても歯の立たない高性能のカメラが市場に出回る日がやってくるわね。



『それは楽しみですね!』


将来人類が本当に木星や火星に移住する時が来るかもしれないの。 私はその瞬間には出会えないかもしれない出れど、それは人類史上最大のビッグイベントであるに違いないわ。 ほんの一部でもそんな宇宙開発事業に携われた私は本当に幸せ者だと思うの。
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テーマ=宇宙 - ジャンル=

【2010/04/16 14:06】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






さくら(Sakura) by Naotaro Moriyama  | Japanese songs
ect>


Folks! This song make me cry this time of a year.

” Sakura”  by Naotaro Moriyama.

Make me think about family in Japan and friends.

It's the season of Sakura Viewing in Japan right now!

All the friends in Japan are having a lot of parties with their friend & family, oh and co-workers.

What they do? Just eat & drink, Get drunk under the cherry blossom.

Some will sing so loud with Karaoke.

Some are drunk enough to dance in a public. Some even don't go to see Sakura, Straight to go to Bar & drink.

Yap! ♪ Oh~! Japanese just wanna have fun. ♬

This song call "Sakura" is one of most popular sakura song in modern age.
And It's about after graduation from High school or college.

Students started new grade or new life in season of Sakura Viewing already.

Usually we will meet this time of a year again after graduation and have fun and say good bye.
Some continue the relationship or some don't see each other any more.

However, they spent more than 3 years at same school, and full filled with a lot of memories.



♪ It's soooo~  har----d to say good by---e for yesterda~~y. ♬


Isn't it ?
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テーマ=j-pop - ジャンル=音楽

【2010/04/16 02:14】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






Hey Soul Sister / Train  | MUSIC


2010年春はこの曲ですな!


Hey,Soul Sister/ By Train

2009年11月27日に発売されたTrainの5枚目のアルバム 『Save Me San Francisco』に収録されている曲

シングルカットされるや否や瞬く間にビルボードヒットチャートを駆け上り!

3/15段階で2.5億回もダウンロードされ、ビルボード第三位の ダブル・プラチナヒット!

目下、ラジオステーションでヘビーローテーション中!


そうそう、この曲を作成した時の裏話をPatrickがこう話していた


 この曲を作った時、INXSの歌を意識したんだ。

それで出来上がった楽曲を歌っていたら、なんか変だよこの曲って頭を捻ってしまったんだ。

だって、ぜんぜんかっこ良く無いんだもの。

そうしたら ノルウエーの大スター Espen がウクレレを取り出して、『こういうのはどうだい?』

って伴奏を引き始めたんだ。 僕は、冗談言ってるの? って最初は思ったけど

それにあわせて歌い始めたら、僕の言葉がリズミカルに踊り始めたんだ。


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テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2010/04/08 14:53】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






 | D70
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春来たか? 

と問いかけりゃ


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香る華



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道いっぱいに

ちりばめた色


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テーマ=ある日の風景や景色 - ジャンル=写真

【2010/04/06 15:09】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






Happy Easter 2010!  | アメリカ移住
やって参りました今年もハッピーイースター!!!

Jhona.gif
今年一番活躍したのがこのちっちゃなカイ君。



復活祭はそれぞれ形は違えども、世界中で春の訪れを祝う習慣として広く行われている行事です



easter2010.gif

毎年開かれる復活祭の祝い事の中で、子供達の成長を伺い知る事ができます。

2006年

2007年

2008年

2009年


そしてこれが今年のさりな。
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【2010/04/06 04:57】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






アメリカの太平洋戦争教育  | アメリカ移住
779px-Manzanar_Flag.jpg

Camp Manzanar って聞いた事ある?


『いえ、無いです。』


サンディエゴからそうね車で5時間以上走ったところにある日系人強制収容所跡なの。

第二次世界大戦中に11,070名もの日系人が収容された場所なのよ。



『そんなに近場に収容所があったなんてぜんぜん知りませんでした。』



やっぱり聞いた事無いのね。

アメリカ人はそんな事話したがらないからね。



『では貴方はどうして・・・・?』



私は学校でアメリカが不当にジャパニーズアメリカンを収容所に送り込んだ事実を生徒達に教えているの。


あそこに送られた日系人のほとんどがアメリカで生まれ育ったジャパニーズアメリカンだったのよ。

その他のアメリカ人とぜんぜん違わない。



『ええ、その事ついては聞いてます。』


『ルーズベルト大統領の奥さんはものすごくこの事には反対で、旦那さんの行った政策の中でたったひとつの汚点だって、ずっと言い続けたらしいですね。』

怖かったのよ。 特に西海岸は太平洋の真向かいの国が襲撃してくるかもしれなかったんだからね。


『持っている財産を全て没収されたらしいです。

ハムールにあるナーサリーでは日系人家族が経営していた農場を留守中守って、彼らが帰って来た時に返却したという美しい友情物語もありますが、ほとんどの日本人は農地や家屋、店等を失ってしまったようです。』


ほんとうに罪深い事をしたとアメリカは反省したの。

だから、80年代に入ってアメリカ政府は謝罪をして、一人につき $20,000の慰謝料を支払ったのよ。

もう40年も過ぎていたから亡くなった方も多かったようですが。


『時々考えるんです。もし、あの時日系人の資産没収が行われなかったら、日系社会は今頃どんなだったんだろう? って。』


そうね、ほんとうに罪深い事ね。


『僕いつかそのキャンプに行ってみます。 いや! 同じ日本人として行くべきだと思います。』


私もできるだけアメリカが行った失政についても生徒達に伝えて行く努力を惜しまないわ。 だって、二度と同じ過ちが起きてほしく無いもの。
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テーマ=軍事・平和 - ジャンル=政治・経済

【2010/04/01 00:39】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






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