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ブラジル日系人労働者の帰国支援について  | 世界から見た日本
2009年5月次点でのカリフォルニア州の失業率が11.5%を記録しました。

7月を迎えようという今でもその状況は一向に好転する気配はありません。

カリフォルニアは世界の中でも最重要経済圏の一つです。 この地での経済の動向は各方面、に影響を及ぼしています。


最近僕が生まれ育った故郷でも、マツダ関連の会社が大掛かりなリストラをせざるおえない状況にあると聞きます。

そんな渦中に真っ先に首を切られるのは外国人労働者。

今や、広島のみならず日本国中に外国人労働者の離職者があふれかえる状況にあると言う話です。


その状況を察知した政府は 『日系離職者支援』 という支援策を持って対処しているという話をこちらのメディアが書いているのを見つけました。


ブラジルから日本にやってきて働いていた日系人に対して帰国の支度金を援助するという内容のものです。

本人には30万円、扶養者には一人頭20万円の援助金が支給されます。


と、ここまで聞けばとても良心的という内容ですが・・・・・・・・・


この給付金を受け取るには、

支援援助を受け帰国した者は、日系人としての在留資格による、再入国は認められない


と言う内容の書類にサインしなければならないのです。


どうやら、不景気がどれだけ続くか予測がつか無い状況で、これから先長期に渡って失業手当を外国人労働者に支払い続ける事を懸念しての措置だというのがみえみえです。


彼らは1980年代後半の日本がまだバブル経済で沸き立つ真っ只中に、工場などの労働力不足を補う為に、国が日系人をリクルートするキャンペーンを行って連れて来た人たちです。

中には、日本で生まれ育った子供達も少なくないでしょう。

アメリカではこの国で生まれた人間は自動的に国籍を取得できるのですが、日本ではそうはいきません。

そればかりか、


景気のいい時は 『私達は民族で繋がっているのだから』 と、連れてきておいて

景気が悪くなると、会社からは外国人として真っ先に首を切られた上に

二度と日本へは戻ってくるな! と、言う




今回の日本と言う国が出した 『外国人離職者の支援事業?』 という衣の中に見え隠れする二枚舌政策に海の外の国々はみな感心しない顔で眺めています。
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テーマ=会社を退職 - ジャンル=就職・お仕事

【2009/06/30 13:01】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






二人のスーパースター逝く  | 本物
今日は二人の偉大なスターがこの世を去りました。

一人はファラフォーセット。 



70年代の人気番組チャーリーズ・エンジェルで視聴者を魅了しセックスシンボルとなった女優さんです。 彼女は2006年から肛門ガンを患い、一月前の5月に闘病生活を撮影したドキュメンタリー「ファラの物語」が放映されたばかりでした。

僕もテレビを視ていたのですが、ファラの気迫がすごかった。 嘔吐をしているファラを撮影するのを辞めたカメラマンに向かって、

『何故撮らないの? これがガンの真実よ!』

ってしかりつけていた。

今月22日に看病を続けていたパートナーのオニール氏からの求婚を受け入れ結婚をする予定になっていた矢先だったそうです。


そしてもう一人は、


ポップ界の帝王 マイケルジャクソン 

今朝の3:15分に急性心臓発作だったそうで、自宅からUCLAのメディカルセンターに担ぎ込まれたが、帰らぬ人となったそうです。 享年50歳でした。


11歳のときのジャクソンファイブの一員としてキャリアをスタートさせたマイケル。

ロックの殿堂入りは2回、グラミー賞を13回獲得した彼は7億5000万枚を売り上げ、生涯で5億ドルを稼いだ。

かつてアフリカンアメリカンを出演させなかったMTVで、初めて出演を果たしたマイケルジャクソン


彼を超えるアーティストはいまだかつて出現していない。


今日はどのチャンネルでも二人の死亡報告の話題ばかりです。

お二人のご冥福をお祈り申し上げます。
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テーマ=悲しいニュース - ジャンル=ニュース

【2009/06/26 13:52】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






October Sky  | シネマ



1957年10月、夜空に打ち上げられたソ連の人類初の人工衛星。

ウエストバージニアの小さな炭鉱町に暮らす人々は夜空を見上げていた。



それは暗い夜空に浮かぶただの動く光でしかなかった・・・・・・・・

4人の少年達以外には・・・・・・・・



そのあくる朝、まだ高校生だったホーマー少年は家族の朝食の席で


『僕はロケットを作る!』


そう決意した。


何度も何度も、失敗を繰り返し、やっとミニチュアロケットを完成させるまでの彼らの


葛藤、友情、家族愛、恋愛、


廃坑に向かう運命の小さな炭鉱町で、


閉ざされていく夢と希望。


それでも父は、炭坑の行く末を息子に託したかった。


しかし少年は10月の空に見た希望の光を追い求めた。



そして手に入れた栄光と、大学進学へのチケット!


暗闇の中で葛藤している人に、きっと光を当ててくれる傑作です。


何かにロックオンする。 

その事がどれほど自分達の生活を生き生きとしたものにすることか!

ぜひ、若いうちにこの映画を観て欲しい。


中年になったおじさんおばさんも、日々の平凡で退屈な生活から抜け出すヒントはこの映画の中にあるような気がします。


がんばれ! 世界中のロケットボーイズ!!!


October Sky

Hey you met your big hero.

Didn't even know it.

Look,

I know you and me don't exactly see eye to eye on certain things.

I mean

We don't see eye to eye on just about anything.


Bud Dad, I come to believe that I got it in me to be some body in this world.

A-And it's not because I'm so different from you either.


It's 'cause I'm the same.

You know, I can be just as hardheaded and just as tough.

I only hope I can be as good a man as you are.


I mean, sure,

Dr. Von Braun's a great scientist,


but he isn't my hero.
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テーマ=洋画 - ジャンル=映画

【2009/06/26 00:52】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






父の日はカウンティーフェアーへ  | アメリカ移住
Countyfair09.gif

『Good morning, Happy father's day Daddy!』

と言いながら、ハニカんで小さなペーパーバッグを手渡すわが子。

中に入っていたのは学校でさりなが自分で作った写真たて。

その中にはカウボーイハットをかぶりバンダナを首に巻いた彼女のモノクロポートレートが入れてありました。

なかなかの嬉しい演出にとってもほのぼのとした一日の始まり。


今日は親子三人で デルマー・フェアー こと カウンティー・フェアーへ出かけました。


ほぼ毎年出かけるカウンティー・フェアー、物産展のようなものですが、遊園地が設置されて子供達にはカーニバルのようなお祭りになっています。 

毎年サンディエゴ中の家族連れで賑わい、人ごみを掻き分けながら歩いていた様相がまるで違っていた。

人の入りが少なくかなりゆったりとした感じ。

まずエントランスのまん前の駐車場に車を停められてアッケラカン。

去年まで遠くの駐車場がらかなり歩いてやっとたどり着いていたのに・・・・・・・・



アート展を見て、プエルトリカンの民族音楽を鑑賞。

そして今年のテーマ 『ミュージック・クレイジー』 の特設ブースで シンセドラムを叩いたり、

素人の方が、レコーディングしているところを見学。


フェアーのいたるところに署名用の紙が設置してあって、その内容を読むと


アーノルドシュワルツネッガー州知事が、このカウンティー・フェアーの会場になっている デルマー・フェアー・グラウンド(競馬場) を売却する計画を打ち出した事に反対する署名運動のようでした。


こんなところにも不景気のしわよせが来てるですね。


毎年毎年、家族連れで賑わう カウンティー・フェアー 沢山の思い出を回想しながら、やがてその子が人の親になり、わが子をつれてここへやってくる。

州民のカーニバルの思い出もエコノミーの行方によりけりと言う事なのでしょうか?



願わくば、父の日に肩車してもらった場所をさりながいつしか思い出しなら歩けるように・・・・・・・・・


なんとか残して欲しいものです。

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テーマ=毎日の暮らし - ジャンル=ライフ

【2009/06/23 15:19】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






Core Rhythms  | アメリカ移住

君は日本から来たんだね?

『はい、そうです。』

僕は結構よく日本に行くんだよ。

『そうなんですか、どのような御用で?』

昔はコンペティションダンサーとして国際競技が東京で開催された時には必ずといっていいほど参加していたし、最近ではね、ある商品のマーケティングでかなり頻繁に足を運んでる。

君は聞いた事があるかな?


コア・リズム。


『すみません。 よく解らないのですが。』

ビリーズブートキャンプっていうのは聞いた事あるかい?

『ええ、フィットネスプログラムですね。』

そうそう。 その後発でラテンダンスとフィットネスを組み合わせたダンスプログラムを開発して売り出したんだ。

それが、本家本元のアメリカよりも日本で爆発的に火がついちゃってね。

なんて言ったかな~、いつもプロモーションに起用した日本人のコメディアンの名前を忘れちゃうんだな~

ああ、そうそう。 "リエ・クワバタ” だった。 

それから "Aya・Sugimoto”

最初は本当に無名のプログラムだったけれど、地道なプロモーション活動のおかげでしっかりとした主力商品に育ってくれたよ。 君もチェックしてみて。


 『日本市場は人気が出ると本当にものすごい勢いで火がつくんですよ。 皆同じものにはまろうとする傾向が強いですからね。』


そうだね、それはほんとに日本市場でマーケティングをし始めてすぐ感じた事だよ。

だけど、覚めるのも早いって聞くから気をつけないとね。 今の所は大丈夫みたいだけど。


『僕は貴方の商品がすでに売れる市場が整っていたと思いますよ。 だって、2000年頃には日本でラテンダンスブームがあったし、それが下火になってもしっかりとした支持層が残っていたと思います。 でも地方のプロダンサー達は結構ビジネス的には細々としたものになっていたと思うので。

貴方の会社が扱っているようなビジネスチャンスになる商品を皆待っていたのだと思います。』


確かにそんな雰囲気は感じました、しかし、本当に日本はいい国ですね。


『ところで、最近僕の家では "So you think you can dance” を毎週楽しみにして観てるんですが、あのコンペテションで勝ち残って優勝したダンサーは商業的に成功を得ると思われますか?』


いや、結構厳しいですね。 私も以前ダンスコンペティションの世界に身を投じて切磋琢磨した一人ですが、優勝する事で一時的な仕事は舞い込んできます。

しかし、継続して仕事が供給されるほどダンス界はアートとしての商業化が確立していないんだ。

だから、結局ダンス教室でダンスを教えて生計を立てるようになるんだ。


『そうですか、惜しいですねあれほどの才能がありながら・・・・・・・』


ところで、あの番組でジャッジをしているマリーは僕の友達でね、 コア・リズム のアメリカでの広告イメージキャラクターとしてお世話にもなったんだよ。

『僕は彼女のジャッジするときのリアクションがとってもユニークで好きなのですが、彼女は普段でもあのような人なのですが?』


そうだね、もう20年近い付き合いになるけど、普段からあのまんまだよ。 とっても楽しくハートのある人さ。 彼女はね、ラテンダンスとソーシャルダンスの両方で世界チャンピョンのタイトルを持っているんだよ。 


『貴方より年上ですよねきっと。』

誰もマリーの本当の年齢なんて知らないさ。 だっていつでも年齢はごまかしてるもん。

ハハハハハ!

 
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テーマ=美しいボディラインをゲット! - ジャンル=ヘルス・ダイエット

【2009/06/19 01:09】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






父の日に想う二百三高地  | Family


父は時々映画館へ僕を連れて映画を観に行った。

覚えているのは、未知との遭遇 (1977) カリオストロの城 (1979) 二百三高知 (1980)

未知との遭遇を観に行った時、僕は若干9歳 小学校3年生 

カリオストロの城が 小学校5年生

二百三高地 は小学校6年生でした。

未知との遭遇で覚えているのは人間がUFOと神秘的な光と音で交信を交わしているシーンで、他の事は何も覚えていません。


カリオストロの城は大好きなルパン三世の映画だったから今でもどんなストーリーだったか売る覚えながら覚えています。


だけど、二百三高地・・・・・・・・・


これは正直言って ????でした。

さだまさしの歌が好きだったからまだ 『防人の歌』が流れていたのを覚えているのと、マイナス40度の厳しい寒さの中、歩兵達が横一列に並んで小便をするのに、先っぽですぐ凍りつく小便が痛くて痛くて、 『チ○チ○が痛い!』 と叫んでいる後姿。

ほんとうに小学生らしいフォーカスポイントです。

まてよ、あれは八甲田山だったか・・・・・・・

う~んさっぱり二百三高地は覚えてない。

たぶん親父は自分が観たい映画を一緒に観に行ったのかもしれません。


とにもかくにも、戦争映画なんて小学校の子供がピント来るはずが無いから・・・・・・・


でも、その時に親父が日露戦争の時の日本の状況を映画を観た後で教えてくれたのは今でも覚えています。


『ロシアはな、 日本よりもずっとずっとでっかい国でのう

日本にはとうてい勝てる相手じゃなかったんじゃ。 

にもかかわらず、世界最強と言われたロシアの艦隊をのう、日本軍が全滅させて勝利したんじゃ。』


もう、これだけで十分ですよね。 男の子を一生走らせる教えは。


いつか機会があれば、再びこの映画を観てみようと思います。

幾たびも大国の侵略に脅かされながら、日本人一人一人が命をかけて戦い守り抜いた。



日本人の気高い誇り


父親はその事を教えてくれました。


今、僕はその列強の国に移り住み暮らしています。

<言葉がろくに話せず、この国での学歴も無く、持っているものはハサミと腕一本。

勝ち目の無い奴が勝利を勝ち取るために必要なのは


"大和魂”


僕の戦いはまだまだ続きますが、遠いちっぽけな島にいて、大きな心で見守っていてくださいね親父様。


Happy Father's day !

→ more・・
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テーマ=生き方 - ジャンル=ライフ

【2009/06/14 15:45】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






ビールの流通革命!  | アメリカ移住
『こんにちはディームさん。 またサンディエゴ入りですか?』


ああ、いよいよ大詰めになってきてね。


『何があるんですか?』


今週末に主だったビールの流通会社が吸収合併する調印会があるんだ。


『いったどういった顔ぶれなんでしょう?』


Miller に coors, corona Heineken TAKATE


Budweiser 関連ディストリビューション を除いて全てさ。


いろんなビールのイメージが書いたトラックが行きかうけれど、ほとんどのトラックに書かれた社名が

CREST BEER DISTRIBUTE


っていう社名になっているから注意してみてみてよ。 それが私達の会社だから。


『どうしてそんな事が実現したんですか?』


これまでのアメリカでの市場はバドワイザーのシェアが37% もある最強のビールカンパニーだったんだ。 coors が他社に声かけをして、

小さな会社がシェアの奪い合いするより、力を合わせてバドワイザーを叩こうじゃないか!




という事になったんだ。


この合併でわが社のシェアは63%もの流通を握ることになる。



『すごい事ですね。』


すごい事だけどタフな部分もあるよ。 

この合併での一番の利点は流通に関わるロスを極力減らす事にありました。

出来るだけトラックが空で走る事を無くす事でかなりの経費が削減できます。


しかし、その痛みとしては、沢山のトラックカンパニーが仕事を失う事になったのです。

それから、各社から多くの幹部がレイオフになりました。

この調整に私達はかなり長い時間を費やしました。

それから、新システムの導入。


コンピューターのシステムのチェンジを全ての事業所に行う必要があります。
そして、全ての従業員が新しいべネフィッツにサインする必要もあります。

私達はこの週末までにこれらの事を全て終えなければならないのです。


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テーマ=ビジネス展望 - ジャンル=政治・経済

【2009/06/13 02:12】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






投機マネーとバブル経済の崩壊  | シリーズお金の歴史
1971年にニクソン大統領が固定比率によるドルと金の交換を禁止してしまいました。

それによって糸の切れた凧のようになった貨幣価値は、まるで有価証券のようにめまぐるしく変動するとても不安定な代物になってしまいました。

価値の裏付けを失ったお金の価値は、有価証券と同じく証券取引場でその価値が決定されるようになりました。

国際決済通貨であるドルがマネーゲームの道具へと変化していったのです。

一般の人々には不安の種の貨幣の変動も投資化にとっては格好の代物でした。

安いときに買って、高いときに売り利益を得る。 投機マネー の考えがコンピューターとインターネットの発展とともに世界中をシェアに入れながらどんどん進化していきました。


やがて、経済にとてつもない矛盾を生む事になります。


全世界の国が一日に産出する商品・サービスの総額が約836億ドル。それに対して外国為替取引額は一日で1兆8800億ドル、デリバティブ取引をあわせると3兆1000億ドル。


実体経済はマネー経済のわずか2.7%しかない。


これがバブル経済の事実でした。



言い換えれば実体の無い経済だったといえるでしょう。


コンピューターが世界中に張り巡らせるネットの中で、人々の意識がどんどんその数字を膨れ上がらせて行き、無限に膨張する富を得たかのような感覚でした。

しかし、悪夢は繰り返されます。


金本位制の時に起こった 金と貨幣のバランスの不均衡。 

為替金本位制で蘇った 金と貨幣バランスの不均衡。



この 投機マネー もまた、多額の実体の無い貨幣を生み出しシステムが崩壊してしまったのです。


1990年代後半に世界各国で金融危機を引き起こし、世界を新たな混乱に陥れていきました。


この投機型の貨幣システムが程よいとこまで上がり、そして程よいところで下げが止まってくれればいいのですが・・・・・・・・ 


その価値の裏づけとなっていた金と切り離されてしまったために、なかなか思うようにはいきません。


それでも大口の投資家は大量の投資を行う事で、市場の動きを操作しようとしました。



ITバブルに、株式バブル、マイホームバブル、凧の糸が切れてしまった経済を安定成長させるカンフル剤が幾度無く投入され続けました。


全ての満ち引きを経て、やがて人々は気がつきました。 


今の世の中に確かな価値など存在しないことを。 


2009年の6月現在、ITは安売り戦線、 株価は暴落、マイホームは最高高値時の半分以下に落ち込んでいます。 



幾度も繰り返す経済崩壊の根本にあるのは、何千年もの昔に生み出された 『実態の無い金』 を操る "利息”の考え方が根底にあります。


利息は世の中に存在する金の保有量に関係無く膨れ上がっていきました。

僕達人類は中世の金細工師が食べた禁断の果実の呪縛に21世紀の現在において翻弄され続けているのです。


宇宙空間が限りなく広がり続けるように、お金もどんどん膨れ上がる事を望んだ資本主義の、現実をはるかに超えたマネーゲームが行き着く先はやはり新たな崩壊を何度も繰り返すのみのような気がしてなりません。

ひょっとすると、これからの人生をうまく生き抜く方法や、地球の将来の為、人類の為にあるべき形が見直される時期に来ているのでしょう。


まずは自分の生活だけでも実態とマネーの均衡を保つ努力をする事にしよう。
  
     
<<金本位の崩壊とニクソンショック
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【2009/06/08 23:56】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






金本位制の崩壊とニクソンショック  | シリーズお金の歴史
金細工師が預かった金を担保に金を貸し出したのがきっかけで金融機関が誕生しました。

しかし、ここで少し考えてみてください。

金庫の中の金は金細工師の所有物ではありません。 自分の所有物でないものを貸し出す事は横領罪に等しい行為ですが、その事は一般には秘密裏にされていました。

いずれにしても、これまでの取引の中で金庫の中にある金塊の数は基本的に変化がありません。

このシステムの中で市場に流通ているのは紙幣と呼ばれる預り証と借用書のみで、預かり証に対しては手数料を徴収し、借用書に対しては利息を納めさせる。

どちらにしてもいつかこの取引で銀行側が要請すれば手数料と利子分の金をどこからか持ってきて埋め合わせる責務が生じる取引なのです。

でもそんな金は何処にも存在しないので、紙切れ上だけの取引で数字が膨れ上がっていました。

つまり、膨れ上がる利子のために金と貨幣の均衡が保てなくなるのは時間の問題だったのです。



1929年の世界大恐慌で銀行券の信用を疑った預金者が金での引き出しを要求した時に、この根本的な欠陥が浮き彫りになり 金本位制は崩壊しました。


ゴールドラッシュを経て、戦勝国となったアメリカは巨大国家に成長しました。 戦後、アメリカには全世界の70%、約22000t(全盛期の英国でさえ1000tといわれる)もの金が集まっていた事が決め手となり、ブレトン・ウッズ会議で「米ドルのみが金と交換可能で、他国のお金は米ドルと交換できる」という 金為替本位制 がとられることになります。

しかし、アメリカの国富に依存するこの制度も長くは続きませんでした。



米国は1960年代にベトナム戦争での大量支出や、対外的な軍事力増強などを行った結果、大幅な財政赤字を抱えることになり、国際収支が悪化して、大量のドルが海外に流出してしまいました。 その穴埋めに自国の金保有量をはるかに超えた多額の紙幣を発行したため、ドルは金との交換を保障できなくなってしまいました。

1972年にニクソン大統領はドルと金の交換を停止してしまいました。これを ニクソンショック といいます。

これまで希少価値が価値を決定していた世界の通貨システムが一転して、


お金の裏付けとなるものが何もなくなったのす。

しかも本来、「財政赤字とインフレと貿易赤字」という不均衡を解消する合理的手段は財政赤字の削減であったにも関わらずニクソン大統領がとった政策はドル安でした。

変動性の高い貨幣政策に加え、致命的な失策

これを引き金にアメリカは長い景気低迷の一途を辿る事になります。





        金本位制と銀行の誕生<<  >>投機マネーとバブル経済の崩壊
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【2009/06/08 23:49】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






金本位制 と 銀行の誕生  | シリーズお金の歴史
やがて希少価値の最も高い金が貨幣の中で一番高価なものと位置づけられました。
人々は金貨を自宅に置く事に不安を覚え、やがて金細工師の中から自分達の持っている金庫を一般に貸し出す者が現れました。

彼らは金を預かり、預り証を発行し、保管のための手数料を受け取ったのでした。

人々は金が必要になったとき、預り証を持って金細工師のとことへ行き金を引き出し、買い物をし、売り手はそうして手に入れた金を再び金細工師のとことへ預けに行きました。

それならば預り証を直接代価として渡せば事足りる

という事になってその金の預り証が紙幣のような働きを始めたのが 兌換紙幣の起源であり 金本位制 の幕開けでもありました。

さあ、そうなると預り証はあちらこちらに動き回るけれども金は金細工師の金庫の中に眠ったまま。

金細工師の中にはその金を担保に紙幣を発行し貸し出す事で利益を得るものが出てきます。

こうして13世紀のイタリアで近代式銀行業が始まりました。
 

この次点でお金の発行に関わる権限が民間へと移行したのです。



 お金の歴史と貨幣発行権の集中<<
  >>金本位制の崩壊とニクソンショック
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【2009/06/08 23:40】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






お金の歴史と貨幣発行権の集中  | シリーズお金の歴史

遠い遠い昔の事。

人は自分達が生産した物資を物物交換し始めました。

やがて、交換条件を整える為に誰もが必要とする家畜、塩、砂糖、穀物などの生活必需品が全ての物資の価値を仲介する交換対象となっていきました。それが 商品貨幣 といいます。


商品貨幣には腐食や劣化等の致命的な欠点がありました。


やがて腐らず、その希少価値のある貝や石が物資との代価となり。 貝殻貨幣の時代がやってきました。 


"財” "買” "購” "貨” などのお金の存在に関わる言語に ”貝” が使われるようになった所以でもあります。

紀元前3500年頃メソポタミアの時代に生まれた金属の鋳造技術はゆっくりと発展していき、


最古の鋳造貨幣が紀元前7世紀にリディア王国で作られました。


その後は、金、銀、銅 等の 金属貨幣 が貨幣の役割を果たすようになります。


当時の貨幣は貴金属の純度がまちまちであったため、取引のたびにその純度を測る必要性がありました。 

毎回毎回、金貨の純度を測る作業を省くには、貨幣の鋳造状態の統一を図る必要が出てきました。



そのために国王等の最高権力者が貨幣の発行に関わる全てを取り仕切り、誰もが勝手に造幣できないシステムが作られました。
 


これを貨幣発行権の集中と言います。


                                           


                                   >>金本位制と銀行の誕生
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【2009/06/08 16:56】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






実体無き無限  | coolcuts
Mugen.gif


発行貨幣は有限、しかるに利息は無限に膨れていきます。

ではこの利息というものの実体はなんなのでしょう?


宇宙空間は限りなく広がり続けています

それはそれで人類の最大の関心ごとの一つかもしれません。


地球上に暮らす生物にとって

宇宙が無限に広がる事よりも

利息が無限に広がることの方が大問題なのかもしれません。


なぜなら、飽和状態になった利息を決済する為の資源はやがて尽きてしまうからです。





                              >>シリーズお金の歴史
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【2009/06/08 04:05】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






マーガレットさんがトレーナーを始めた訳  | アメリカ移住
パーソナルフィジカルトレーナーを始めたきっかけは?

『もう、そうね~20年以上前の事だけどエアロビックスのトレーナーになったのがきっかけよ。』


80年代ですね~

『そうそう、あの頃流行ってやつ。

 息子が生まれた時にね、

仕事を辞めて彼を自分の手で育てたい。

ってそう思ったの。
 

それまで勤めていた銀行を辞めてね、子育てに専念したわ。

お金は大変だった。 今まで共働きだったのが急にシングルインカムになっちゃうんだから。


でもね、何とかなるものね・・・・・・・・・ 生活費を切り詰めながらも息子との二人の生活をとてもエンジョイしたわ。


娘が生まれる前ぐらいにね、グループでエアロビックスを教えてる女性と出会ったの。

それがきっかけで、週3日一日に2時間ぐらいのペースでエアーロビックスに出かけ、やがて自分が教えるようになった。


娘が生まれてからは教室に彼女を連れて行って同じように子育て中のお母様方を対象に教室を開いたのよ。


そしたらね、子育てをしながら銀行で働いていた時と同じくらいの収入があっという間に得られるようになったの。



それから現在に至るって訳。 人生なんて本当に解らないものね。


当時を振り返って今思うことは、 頭に思い描いた事が叶ったって事。


自分の手で子育てをしたい。 


そのうえで夫に頼りきらずにに自力で生計を立てたい。


人間の “思い” の中には何かしら不思議な力が存在してるのねきっと。。。。。。
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【2009/06/08 01:23】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






Folk Dance  | SARINA
folkdance.gif

金曜日、小学校2年の最後のイベントとして行われたフォークダンスを見に行きました。

全部で14もの楽曲に合わせて小さな体がまるで自動的に振り付けを思い出して踊っているのを見て

先生方が一生懸命訓練してくださったんだな~ と、つくづく感心しました。

とは言っても、さりなは結構完璧主義なところがあって、踊りに集中するあまりに、

なかなか笑顔を見せてくれません。

ほんの一瞬、緊張ががほぐれた瞬間、カメラを向けている僕に手を振ってくれました。

こうしてよそのお子様と比べてみると、とってもひょろっとして背が高い。

まるで子供の頃の僕のよう。 なんて考えていると・・・・・・・


『さあ、親御さんもご一緒にダンスを踊りましょう!』

というアナウンスがあって、奥さんがビデオカメラを回しながら、僕を生贄に突き出しました。


(俺かよ~)ってぶつぶつ言っていると、さっそくサリナが


『こうやって踊るのよ。』 っと


まるで母親のような口調で僕にダンスの手ほどきを始めました。


『イチニ、イチニ、イッチ ・ 二、 イチ、 二、 サン』


何度か繰り返すうちに要領を得てきた僕は、そのうち軽快なステップで踊り初めていました。


すると、担任の先生が・・・・・・・


『あら、サリナちゃんのリズム感が何処から来たのかが今解ったわ。』


なんてお世辞を言ってくれて、照れくさくなってしまいました。


日本で美容師をしていたた絶対味わえていないこの幸せな一時・・・・・・・・・・


娘と過ごす時間を手に入れた、アメリカでの美容師生活に感謝、感謝。


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テーマ=パパ育児日記。 - ジャンル=育児

【2009/06/07 16:45】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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