Top | RSS | Admin
スポンサーサイト  | スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
------------------------------------------------------------
【--/--/-- --:--】   | Top↑






つがいの鴨  | D70
Kamo.gif


湖を漂うつがいの鴨が

小さな波を立てながら進んでく


広い湖の中のちっぽけな湖面の変化

ただそれだけが彼らの生きがい

生きてるって感じる証


ねえ、


幸せを感じるのも感性のひとつなんだ


スポンサーサイト
------------------------------------------------------------

テーマ=いろんな写真 - ジャンル=写真

【2007/10/30 12:04】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






ヒーローになりたかった。  | 本物

2007年10月28日(日)

すっかり山火事騒動もおさまりつつあるここサンディエゴ。

午前中立ち寄った知人の家では外まで聞こえるような大音量でロックギターの音が鳴り響いていた。

wiiにも対応したGuiter Hero Ⅲが発売され、息子さんが演奏に夢中になっているらしい。

誰だって男の子に生まれたら一度は憧れを抱くGuiter hero
それになりきれるゲームとして爆発的なヒットを呼んで3作目の発売である。


さて、今回のサンディエゴ広域に渡る大火災の騒動ですが、どうやら放火の疑いが浮上して来た模様。


二人の男性が消防士を装い、放火した後に消防活動を試みた模様。

思いのほか火のまわりが早かったためあのような惨事に至ったという事らしいが、現在事実関係を調査中。


その動機がなんとも


“Hero になりたかった”


1300軒以上のミリオンダラーホームを焼き尽くし、100軒以上のビジネスを消滅させ、多くのけが人と数名の命を奪った。


その動機が、Guiter Heroに夢中になる若者たちとまったく同じだというのです。


午後知人の家で息子さんのバースデーパーティーが開かれた。

パウエイという被害がもっとも多かった15号線北側に位置する集落にあるお宅周辺は今回の惨事でもまったく無傷でしたが


そこに集まってきている人たちの多くがお隣まで焼けたとかお向かいまでとか・・・・・


危機一髪難をしのいだ方々も少なくなく


お隣まで全焼のお宅では早速土曜日には保険会社から通達があって


 【お宅との火災保険の契約を打ち切らせて頂きます】と書いてあったそうです。


保険会社もこんなに被害が出ては資金が回らないという事で、火災の可能性が高い地域をどんどん契約対象外にしていく方針らしい。

山火事の常連地域ジュリアンで暮らす被災者はもう4年前の火災の時にもそれ以前にも保険加盟対象外だそうだから本当に気の毒な話だ。


しかし、その他の被害を受けない地域からも保険料を毎年徴収しているわけだから、利益をあげた中からできる限りの人助けはするべきではないかな?ってcoolcutsは思います。


という事で、保険屋はHeroになる事よりも利潤を優先


今回、必死で火災と戦い続けた真のヒーロー達の勇姿を皆さんにお届けしながら彼らに心からの敬意を示したいと思います。





------------------------------------------------------------

テーマ=働くということ - ジャンル=就職・お仕事

【2007/10/30 01:56】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






有名になりたいんだ!  |
朝よく駐車する2ndストリートのパーキングメーターのところで

ばったり同僚のDと出くわした。

僕らは肩を並べて、一緒にお店までの道のりを歩き始めた。


すると、いきなり彼がこんな事を言い始めた。


『僕ね~、有名になりたいんだ。』


『え?何処で?』 って聞き返すと


『そうだな~、まずはこの街でかな?』


『そうか! じゃあ、さっそく君の夢を叶えに行こう!』


その朝僕は少しの間お店を抜け出して、ダウンタウンの不動産屋の前に無料配布用に置いてあった


【DREAM】 というタイトルの不動産カタログをサロンに持ち帰り、バックルームに飾った


そしてDが休憩のために入ってきたところで一緒になって


それを見かけた彼がこう切り出した。


『どうしたんだい、これ?』


『ああ、これ? タイトルがイカしてるだろう! そこの不動産屋で取ってきたから飾っておくんだ。捨てちゃダメだよ。』


『・・・・・・?』


『なあ、さっき有名になりたいって言ってただろう?』


『ああ、言ったよ。』


『誰だってみんな夢があるんだ。それがどんな夢かは人それぞれだけど

    夢が叶った後はどうなると思う?』


『う~んどうなるんだろう?』


『夢が叶っちゃうと、極普通の事になるんだ。 僕の渡米のようなものさ。君達にとってアメリカで暮らすという事は極普通の事だろう? それと同じになっちまうんだ。そうするとまた別のゴールが欲しくなるんだ。その繰り返しさ。』


『確かにそうだね・・・・・』


『だけどね、時折僕はあの頃に抱いた感情が懐かしくなるときがあるんだ。


夢ってね、追いかけている時がものすごく幸せを感じている時なのかもしれない。 

だからさ、大きな夢見なよ! 叶おうと叶うまいと知ったこっちゃ無い。 夢を追いかけるのは幸せな事だよ。』



『そうだね、僕もそう思うよ』


『ところで、僕の夢はまた叶っちゃうからどうしよう? 次のを探しとかなくちゃ?!』


『・・・・・・・』


『ああ~冗談冗談(笑)・・・・・』
------------------------------------------------------------

テーマ=前向き・行動的なあなたに! - ジャンル=ライフ

【2007/10/28 14:45】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






"Dreaming With A Broken Heart"/ John Mayer  | MUSIC


久々にグッと来る歌に出会ったと思ったらまたもやJohn Mayerでした。


"Dreaming With A Broken Heart"


いやー良い曲ですね~


彼の2006年に発表された【Continuum】よりシングルカットされました。


明日への希望を持つ事は、失った事を認識する事から始まる。


そんなメッセージを絶妙なタッチで綴る表現力がたまらない!!!


今回の南カリフォルニア大火災の被災者の皆さんに贈りたい一曲です。


一部まだ焼けているところはありますが、どうやら猛威を振るった大火災も収束に向かっていると、街中が胸をなでおろしています。

自らの家が焼け落ちたレポーターが、目に涙を浮かべながらも、本人のプール付豪邸の残骸を前に、毅然とレポートをして

『家ともろとも思い出は全て焼け落ちてしまったが・・・・・

     家はまた建て替えれば済む、

          生きてさへいれば思い出もこれから沢山作れる』



と語ったのが印象的でした。

→ more・・
------------------------------------------------------------

テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2007/10/26 16:44】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






サンディエゴ大火災 2007  | アメリカ移住
WildFire1.gif


海の中に沢山の魚の群れが泳いでいる。

空の高いところで見ていたとびが急降下してその魚の群れに飛び込み

開いたくちばしの中に数匹の魚が飲み込まれていく

残りの魚たちは何があったかも気がつかずにそのまま群れをなして泳ぎ去る。



アメリカでは、人間界もまた、魚達と同じだな~っとつくづく考えさせられる出来事ばかりが起こっている。

21日

ノースカウンティーの方で山火事発生!というニュースは聞いていたが、ここChula Visutaからはかなり距離が離れているので、日曜日は、安心して日常と変わらない一日を過ごし、いつものように沢山のコンドーや家を見て回っていた。

ニュースでとうとうノースカウンティーの山手の住宅地に火の手が及んだことを知った。

Wild-Fire2.gif


22日月曜日 朝

目が覚めると部屋の中にいるにもかかわらず、煙のにおいと粉塵を吸い込んで咳きが止まらなかった。

外に出てみると、太陽が煙幕で覆い隠されて、まるで別世界にいるようだった。

SmogTaiyou.gif


家の中に戻るとTVをつけた。

どうやら昨夜のうちに風向きが変わり、

EAST LAKE の東側 OTAY LAKE の向こう岸まで火の手がやってきているらしい。

午後1時頃



避難勧告を受けるエリアが続出して来た。

主要なフリーウエーが封鎖される可能性が出てきたので、すべての予定をキャンセルして、近所のビデオショップへビデをを返却に行く。


Wild-Fire3.gif


ビデオレンタルがあるショッピングモールは去年まで居候していた義理の妹夫婦が暮らすEAST LAKE VISTA と僕の家とのちょうど中間地点ぐらい。 彼女達の家はOTAY LAKEの目と鼻の先、僕らの家は805のすぐ側だから車で15分の距離。

東の空が煙幕が立ち込めていたので僕は心配になって様子を見に行くことにした。


午後2時

Wild-fire4.gif



OTAY LAKE の向こう岸へ向かう道は完全に封鎖されていた。

手前を右折してこちら側から様子を伺う事にした。

Wild-Fire5.gif


OTAY LAKEが展望できる公園へ行くと、すでに沢山の人だかりがあった。

僕にはただ霧がかかっているようにしか見えなかったが、老人夫婦がテレスコープを持ってなにやら遠くのほうを指差していたので、その方角に目を凝らした。

遠くの方で煙が立ちこめていて、ヘリコプターと消防車が必死に消火活動をしているのが見えた。

そこから徒歩5分の義理の妹宅へ行くと、すでに職場から帰っていて、荷造りをはじめていた。

自主的な非難の勧告が出たらしい・・・・・

義理の弟はちょっとパニック状態でした。


今夜は我が家で皆一夜明をかす事になった。


TVの報道では被害がどんどん拡大していく様子を報道していた。

火の手は南はメキシコの山間部まで、北はサンタモニカ近くのマリブまで、サンディエゴだけでも1500軒の家が焼け出されたと言っていた。

自分の豪邸が焼け落ちてしまったレポーターが目に涙をためながらも毅然と、炭になった我が家の実況中継をしていた。


午後6時

ランチョ・バーナードに暮らす同僚に電話をかけた


『俺の家のストリートが燃えていたんだ。だから今避難所へ非難してる』


うわぁ~!! とんでもないことになっている。



午後9時

East Lake Vistaの家が心配になったので皆で見に行くことにした。


もうずっと手前側が封鎖されていた。 


自主的な避難勧告から避難勧告へ変わっているから仕方が無いことかも?


そうだ、裏道から行ってみよう!


裏道からはなんとか家にたどり着けた。

大切な書物と写真をまた荷造りして車に積み込んだ。


公園へ行ってみよう! 


車で公園へ近づくと、もう公園は封鎖されていた。


人だかりに警察がすぐさま付近を離れるように警告を出していた。

ふと向こう岸に目をやると信じられない光景が目に飛び込んできた。

WildFire6.gif



昼間見た時よりもぜんぜん近くで、というより目の前で

まるで溶岩が流れ出るように、山が燃えていた。

こんなに近くで火事を見たのは初めての事だった。

不安が隠せないまま、我が家にたどり着き

NEWSにかじり付いた。


日曜日にコンドーを見に行ったあたりはもう焼けてしまったらしい・・・・


23日朝

職場から何の知らせが何も無いままとりあえずお店に向かった。


同僚は避難所へ行って休暇をとる事になっていた。


キャンセルがかなり出たにもかかわらず、彼の補助と新しく入った予約で、予約表が一杯だった。


義理の妹夫婦のことが心配だったけど、とりあえず夕方まで働いた。


夕方5:00

仕事が終わって電話をしてみると

風向きが変わって、避難勧告が解除されたので自宅に戻ったらしい

とりあえず、ほっと一安心

WildFire7.gif


5年間まともに雨が降っていなかった南カリフォルニアは、サンタアナの乾いた風に吹かれて何時山火事が起きてもおかしくない状況だったらしい。

火の手はまだまだ広域で燃え続けている。

風向きが何時変わるともわからない。

油断はできない状況です。
------------------------------------------------------------

テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2007/10/24 14:47】   トラックバック(1) | コメント(16) | Top↑






“HAMMER”に見るマーケティング戦略の落とし穴  | 遠隔操作


“MC HAMMER”が一時その名前を“HAMMER"と改名していたことは世に知られるところですが・・・・彼が【MC】の名前をはずした当時の1991年頃は、すでにオールドスクール世代が好んで使っていた【MC(Microphone controler)】の呼び名が古臭くなっていた事が理由らしい。

彼はこれに見られるようにイメージ戦略という部分にとても力を注いだのですが、その登場してきた背景と衰退の要因を調べるととっても興味深い。

まず、彼の人気絶頂期1990年に発売された【Please Hammer Don't Hurt 'Em】に収録されている『Pray』という曲、サンプリングに使用した曲はプリンスの『When Doves Cry』、そしてMCハマーの代表作『U Can't Touch This』はリック・ジェイムスの『Sper Freak』

原曲のどちらも80年代のヒット曲の多くに見られた性的描写の自由化の流れを持っている。

しかし、ハマーはあえてこのサンプリングとラップの作詞の段階で宗教色の強い味付けを加えてる。

ミュージシャンになる以前の経歴は海兵隊、あくまでもクリーンなイメージを強調して、Making of "Please Hammer Don't Hurt 'Em" では、自身の音楽活動を通して社会にどのように貢献していけるか?というところをインテリジェントな口調で語っている。

黒人音楽がずっと抱え続けてきた、反体制運動や人種差別のやり場の無い訴え、日々の困窮にたいする愚痴等を表現する手法を用いず、前向きに正しい考えを持って生きていく事を訴えながら、軍や教会関係者などの幅広いグループ層の支持も獲得に成功している。(これを僕はビートルズ作戦と呼ぶ)

このことが、マイケルジャクソンと同様に彼のサクセスの直接的な要因だと僕は考えています。彼らが豪邸に拘ったのは、アフリカン・アメリカン達のアメリカンドリームの象徴がそこにあり、それが人々の人気をつかむ一つのアイテムと考えていたからではないでしょうか?


1995年アメリカ経済は大不況に見舞われます。


* 好景気の頃は物の値段がどんどん上がります。それで富を作れるのは物流ピラミッドの頂点付近にいる人間であって、裾野で暮らす人たちの給料が4~5年の間に2倍になるわけではありません。多くのエディーマーフィーの映画の中でのアフリカンアメリカン達の暮らしぶりの描写を見てもわかるように、彼らが表現する世界は貧困層のドリームランドでしたが、現実に存在したのは【格差社会】そのものでした。

1993年ごろから、ギャングスターラッパーの表現する世界のほうがより現実味を帯びて、アメリカのHIPHOP界いおいて次第に幅を利かせていきます。80年代までに急増していたメキシカン等の移民貧困層の支持も多く集め次第に拡大していった。


一方、自身の曲の中で、犯罪的な歌を歌い市民を扇動するギャングスタラッパー達を批判したり、アメリカ西海岸のギャング撲滅運動などにも積極的に参加してきたMCハマーにも変化が現れます。

バブル経済の中にどっぷり使っていた彼の生活ぶりもやはりかなり維持費が膨れ上がっていました。

超豪邸の維持、そして彼が経営するダンス集団の人件費等がかさんで行くにつれて、とうとう打ち出しスタイルを変えてしまったのです。

1994年リリースの“Pumps and a Bump”のビデオクリップで見せたブーメランスイムウエアーでビキニの女性を傍らに踊る描写が批判を呼び、放送を禁止する放送局が多くあったためあまり一般に露出しなかった。彼はもうひとつLAギャングバージョンも製作しているが、この事が彼の最大グループ支持層が離れるきっかけとなり、MC HAMMER の息の根を止めてしまいます。

1996年4月に自己破産

彼が芸能活動を始めてわずか10年でした。

その後、芸能界を離れ牧師になり、彼の死亡説まで流れた。



破産宣告から10年を経て・・・・・



2005年 MTV MUSIC AWARDS出演

2007年 7月 香取慎吾とのTV競演

2007年10月 アジア映画祭への協力

インターネットダンス審査企画の立ち上げ

彼のプロモーション活動が最近活発になってきているからそろそろ MC HAMMER の復活の兆しか?

僕は社会に良い影響を与えようと考えるアーティストには頂点に立って欲しいと思うので、すべてを乗り越えて欲もそぎ落としたハマーには、もう一度トップに上り詰めて欲しいですね!

でもハマーさん、今回必要なもうひとつの象徴的なテーマは“無欲”“堅実”ですよ。
------------------------------------------------------------

テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2007/10/23 03:58】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






MCハマーに会いました  | MUSIC


先日Asian Film Festivalのオープニングパーティへ、いつもお世話になっているコミック翻訳&編集をフリーランスでされているご夫妻にお誘いを受けて行ってきました。

場所はリトルイタリーにある Airport Loungeまるで飛行機に乗って空を飛んでいるような、そんなイメージの空間にパイロットやスチュワーデス、エンジニアの制服を着た店員さんが行きかう。


すでに会場は映画ファンやおそらく関係者達、そして俳優&女優さん達でごった返していました。

しかし、マイナーな映画の祭典のために、誰が誰か僕にはさっぱりわからない

そこへ 『MC HAMMER is in the house!』というアナウンスがあった。

すると先ほどまで空っぽだったVIP席が大勢の人でにぎわっていて、台風の目のような放射状のエネルギーの中心に一人の高級そうなスーツを着こなしたアフリカンアメリカンの男性が座っていた。

あっ! MCハマーだ!

懐かしい~


-------------------------------------------------------

日本がまだバブル経済に沸きに沸いていた頃の事・・・・・

僕は美容師見習いという経済の底辺で渡米の夢を暖めていました。

そんな僕の楽しみはカラオケで洋楽を歌うことと、米軍基地周辺のディスコへ行ってダンスを踊ること。

彼のステップとBOBY BROWN のステップをビデオでチェックしてはよく踊っていました・・・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

彼はこのフェスティヴァルの参加作品のひとつに出資をしたという話らしい。


まったく!こんなときに限ってカメラを持ってきていない・・・・・・

たくさんのカメラのレンズが向けられる中、しきりにポーズをとるハマーを目の前に、携帯電話のカメラを向けて撮影してみたもののまっくら!


元気なハマーを見せてあげられなくてすみません。
------------------------------------------------------------

テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2007/10/23 01:18】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






PC復活!!!!  | 未分類
ご無沙汰してすみませんでした。 m(_ _)m


日本から持ってきたコンピューターが2台

ノートはカリフォルニア燃えるような太陽の下で、コスメトロジストの免許を取得するべく、これまた燃えに燃えて勉強していたため

熱射と酷使のため早々とご臨終~

日本語が使えるパソコンは、残るところこのPriusさんのみとなりました。

前回の記事のアップ前のこと・・・・・


ブログのコメント欄に書かれた数式を解いた瞬間


あっというまにスパイウエアに進入されてしまいました。



まったく最近は手口が巧妙になってきています。


今度ばかりはマックアフィーも防ぎ切れなかったようで




それからというもの、スパイウエアー駆除に専念していましたが

コントロールパネルとレジストリを占拠されて

手の施しようがありませんでした。


とうとうOSの再インストールを決意!


僕のPCはCD-ROMが壊れていたため、新しいドライブを購入

外付けHDDで大切なフォトデータや書類、そして音楽データなどをバックアップ。


リカバリーディスクを使って初期化、再インストールを行いました。


引越しの繰り返しで、周辺機器用ドライバのCD-ROMが見つかりません


とりあえずオンラインを接続して、ドライバーを検索で探しまくり


やっとこさで使える状態になりました。


まだプリンターは動きませんが・・・・・・・


とんだスパイウエア騒動でブログがストップしてしまいました 

m(_ _)m


海外で一番大変なのは日本語のパソコンのサポートです。

誰かサンディエゴで良いところを知っていたら教えてくださいな!!



教訓)

Internet Explorerに取り込むスパイウエアーが多いので、ブラウザーはマイノリティーのものを使用する。

 Fire Fox のHP
------------------------------------------------------------

テーマ=トラブル - ジャンル=コンピュータ

【2007/10/18 00:12】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






気球に乗って大冒険  | Sports
Hotairballoon.gif


僕が30歳の誕生日を向かえたある日の朝、目が覚めたとたんにね


何だか新しい事をしてみたくなった。

だから隣に寝ていた妻を起こしてね

『なんだか今日は特別な日にしたいんだ、何か面白い事は無いかな?』

妻は寝ぼけた顔で【?マーク】を一杯放出しながらただだまって聞いていた。


『そうだ!気球に乗ろう!!』


早速調べて電話で予約を入れたんだ。

初めて妻と一緒に乗った気球はどんどん高く舞い上がって

人も車も、そして道路も山もどんどん小さくなっていったよ

フリーウエー5だって、もう地面についた、ただの引っかき跡にしか見えなかった。

そして海へ海へ・・・・・

さすがに海は広かったな~

僕たちは気球の旅を本当に満喫していた。


あまりの美しさに水平線と夕日の隙間がとっても狭くなっているのに皆、気付かなかったんだ.....
パイロットのおじさんもね。


そしてちょっと空に長居しすぎたらしい。

パイロットのおじさんはこう言った

『ああ、もう暗くなりそうなので夕日が沈む前にランディングをしなければ暗闇では着陸がとても危険になります。

今、まだ着陸場には1キロほどありますが、この下に見えているアボカド畑から低空走行でステーションへ戻る事にします。 誰か一人着陸を手伝ってくれる人が必要です。』

パイロットは乗客メンバーを見渡して俺を指差したんだ。他は皆年寄りばかりだったからな・・・・・・

それで、どうすればいんですか?

『ちょうどいい高さだ。ハイ!飛び降りて』


ええぇ!!


僕は命綱も無い状態で気球の籠にぶら下がったままアボカド畑をつき走ったんだ。

熱気球のおかげでまるっきり全ての重量を感じなかった、自分自身の体重さへもね。


一つ問題があった、熱気球の装置に遮断されて僕にはぜんぜん前が見えないんだ。


『ああ、いいですか~タイミングを合わせてジャンプしてください』

1 ・ 2 ・  スリ~!!!!

さっきまで地に付いていた両足がふわりと大気の中に浮いた。


足元をみると高い有刺鉄線が北南に張り巡らされていて、僕の体はその上を軽々とジャンプして越えていく。

妻と目があって、驚きとも恐怖ともなんともいえないような表情でこちらを見ていたよ。

はい、そのまま捕まっていてくださいね~

足の下には道路が走っている事は解っていたが、真下を見る勇気は無かった、その代わり僕は今まで走り抜けてきた有刺鉄線の中のアボカド畑を振り返りながら、自分がこれまでやって来た事が信じがたくて顔がほころびっぱなしだった。

道路を越えてしばらく僕はまた気球を抱えて草むらを走り続けた。

そして気球の籠が地面に付いた時、けたたましい音を立てながら崩れ落ちた。

僕は空き地に一人取り残され、気球は真横に転覆したまましばらく引きずられていった。

幸い妻にも他の誰にも怪我は無かった。

ステーションにたどり着いた直後の僕は力が抜けてしまったようだったけど、帰りの車の中では、

体の芯からみなぎって来る勇気を感じてね

まるで映画の中のヒーローに完全に感情移入してしまった感覚に似てるかな?

まあ、とんだ大冒険だったが、なんだか生まれ変われたようだったよ。



-サンディエゴ在住Nさんの気球体験談より-












------------------------------------------------------------

テーマ=気分転換 - ジャンル=ライフ

【2007/10/09 02:04】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






いちばん星  | D70
Ichibanboshi.gif


いま、光るいちばん星は

傷ついた心への贈り物


追いかけて

追いかけて


いつの日にか たどり着くまで


いま、光るいちばん星は

諦めた心の道しるべ


追いかけて

追いかけて


この手のなかに つかみとるまで


------------------------------------------------------------

テーマ=いろんな写真 - ジャンル=写真

【2007/10/07 23:53】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






フライマン先生が起こした奇跡  | アメリカ移住
私が息子をサンディエゴに連れて来たのは4年前の話

息子は障害児なの。

でも、生まれたときの彼はぜんぜん異常無かったのよ。

4歳の時に予防接種をしたその夜に発作に襲われてね脳性麻痺になってしまったの

一回の発作で今までできるようになっていた事がどんどんできなくなっていくの。

一回目の発作で3歳児に後戻り、二回目で2歳児、三回目で1歳児、四回目でとうとう0歳児の知能に、そしてつい先日まで歩けたのに立ち上がることさへできなくなったのよ。


お医者様には【この子は一生歩けない】って診断されたの。


私はこの子を抱えて途方にくれたわ・・・・・・


日本でもあちらこちらの病院で診てもらったけど、この子が歩けるようになる望みはゼロでした。


そんなある日、アメリカに世界的に有名な子供専門の整骨医がいることを知りました。


そしてそれがサンディエゴでOsteopathic Center for Childrenを創設した 

Viola M. Frymann 医師だったの。


私と息子は僅かに差し込んだ希望の光に導かれるように、サンディエゴでフライマン女医に診断してもらう為に渡米を決意してここへやってきました。

『この子は歩けるようになるわよ! 何故もっと早く来なかったの?』

私の息子を診断し終わった、フライマン医師の口から出た言葉が信じられなくて耳を疑いました。 感激のあまりその場で泣き出してしまいそうだったのよ。


そして彼女の治療が始まってしばらくすると、息子は本当に歩けるようになったのよ!!!

しかも外科手術無しで。


脊髄の中にある髄液に5gのプレッシャーで丁寧にマッサージを施すだけ。

フライマン先生が奇跡を起こしてくれたの!!!


もう、あの時の感激は一生忘れられないだろうと思います。


フライマン医師は既に95歳の高齢です。

彼女が生きて子供たちを診察されているうちに、できるだけ多くの息子と同じような苦しみを持つ子供を助けてあげたい。

そう思って、障害児をサンディエゴへ連れてくる支援活動を始めたの。


皆、こちらへ来たばかりの時は障害を抱えてて、日本へ帰るときには絶対良くなって帰っていくの。

毎日奇跡は起こり続けているのよ!

だから諦めないで、どんな障害でも必ず完治できる事を信じて、希望を持って生きていきましょう!って世界中の障害児を抱えるお父様お母様に伝えたいの。






------------------------------------------------------------

テーマ=病気と付き合いながらの生活 - ジャンル=心と身体

【2007/10/04 14:58】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






| Top |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。