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硫黄島からの手紙  | シネマ


Letter from IOWJIMA

アメリカ軍にサイパンが陥落し、米国軍の日本上陸が目前に迫る!

そんな危機感の中、硫黄島は米国が日本本土進攻作戦の足場として上陸する事が必死という状況下にあった。

いわば最後の砦、硫黄島を守るために送り込まれた兵士たち     

岩山に地下要塞を築き上げ果敢に戦い続ける。

火力、兵力供に圧倒的に勝る米国軍が、当初5日で作戦を完了すると見ていた。

硫黄島上陸作戦は36日間にも渡る長期戦になり、第2次世界大戦で初めて、アメリカ軍の死傷者の数が日本軍のそれを上まわるほど、日本軍は健闘した。

しかし、最後は味方からの援軍も無く、食料水も尽き果ててしまい、帝国陸軍はほぼ全滅状態の中。

生き残りを賭けた戦いが繰り広げられた!

と書きたいところですが、どうもその辺が違うらしい・・・・・・・・

落ちた要塞の生存者は次々に自害をした。

何百年も昔に一人の男が描いた日本男子の持つべき思想

『武士道』 が昭和の日本にも呪縛し続けた。



『武士たるもの清らかに、そして見事に散れ!』


死のふちから這い上がって、せっかく取り留めた命さえも・・・・・・

自害と言う形で絶とうとする当時の日本男児のその複雑な胸中を

この映画を供に視ているアメリカ人たちはどう理解したのでしょうか?
そして、何十年も洞窟の地中の中へ埋もれ続けた戦死者達の家族へ向けての手紙が物語る

日本人の家族への素直な感情と、それを覆い隠さねばならなかった建前と集団信仰
一緒に映画を観に行ったアメリカ人は口々に

『クレイジーだ!』と、言った。

硫黄島でひっそりと埋もれ続けた家族へ向けての手紙

男子たるものそのような手紙が敵国に見つかった時には、


日本男児の『恥』


今も尚、日本人を縛り付ける複雑な感情を、21世紀に突入してまだ半生を残す僕が理解できるのは何故だろう? ってついつい考えてしまう。 

何百年もの昔に一人の男が設計した『日本男子たるもの!』が日本人の血の中に流れ続ける。

教科書で武士道を習ったわけでは無く、剣術を修行した訳でもない、もしかしたら、全ての人間は皆、細胞の中の本当にちっぽけな遺伝子情報によって操られ、自らのコントロール機能さえも効かないそんな生き物なのかもしれない。


その呪縛を解くには今を生きる僕達が、できる限り広い世界を見聞きし、良き事を学び、命を大切にする心を学び、家族を大切にしながら、そして日本人の優れた感情の汲み取り心や、集団の中の行動美学を残して行くべきなのだろうな~っと、本当に考えさせられる作品でした。


クリントイーストウッド、スティーヴン・スピルバーグこの二人のアメリカ人が当時の日本人の心の糸を探りながら描いた


これは、まさに新しい日本の戦争映画。

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テーマ=映画感想 - ジャンル=映画

【2007/01/23 20:41】   トラックバック(1) | コメント(6) | Top↑






お雑煮を食べながらアメフト観戦  | アメリカ移住
夜中の3時まで起きていましたらネットに繋がりました。

MOCHI.gif




 先週の日曜日、マイミクのムッチさんのお宅にお邪魔して、お里帰りの時に杵つきのおもちを突いたのをお雑煮とあんもちやきなこもちにして頂いて食べました。

その日はちょうどいつもシーズン最初だけ調子が良くって、後半で失速してしまうサンディエゴのアメフトチーム、チャージャーズがプレイオフ出場権獲得へあと一試合というところでサンディエゴは異常な盛り上がりをしていたので皆でテレビの前で応援しました。

(広島カープが初優勝をした試合当日の盛り上がりに似ています)


周りの人が親切にアメフトのルールを説明してくれるのを聞きながら・・・・・


日本から遠く離れたアメリカに来て、おもちを食べてながら、アメフトにも興味が湧いてきている自分に、ふと、違和感を感じる今日この頃です。


何はともあれ杵つきはいいですね~。 はるばる日本からお持ちを持って帰ってくださったお二人に感謝感激!!!!


その後、国際色豊かな面々で映画館へ『Letter from Iowjima(硫黄島からの手紙)』を観に行きました。
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テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2007/01/23 20:18】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






おわび  | アメリカ移住
      

   15日よりネット環境の悪化により

     更新が難しい状態にあります。



  早期の復旧に向けて最善を尽くしておりますので


      今しばらくお待ちください。



     それからこの間にメールを頂いた方



      16日にメールチェックを行って以来

       
     メールソフトを観覧できない状態にあります。


      お返事は復旧後にさせて頂きますのでその旨


          よろしくお願いいたします。
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【2007/01/20 16:53】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






ガンジーのヒーロー伝説について  | アメリカ移住
ある日インド人の男性がお店にやってきた。


『今度ね、この近所にインド料理のお店を出すから、今工事中なんだよ。』



そんなこんなで話しはやはりインドのあの有名な映画

『ムトゥ踊るマハラジャ』 へと進展

20070115021135.jpg


『インドの映画は面白いね~、かなり貴重な娯楽の一つなんだなってすごく感じますよ!』

『以前はそうだったけど、最近ではそれほどでもないよ。』

そして、アメリカの家電メーカーのお客様窓口インド移転、とアメリカのレイオフの話しになった。

『ああ、賃金が安いからね~インドは、、、ほとんど十分の一だね。』

『ところで、いつアメリカへやってきたんですか?』

『12年前さ。今ではサンディエゴで4店舗のインド料理のお店を経営してるんだ。』

『でもどうしてそんなに英語が流暢なの?』

『インドはやたらと言語が多くてね登録されているだけでも100以上は確実にある。だからほとんど英語が公用語になっているんだよ。』

『あれ、そのことガンジーで視て知っていますよ。』

『あ、あの映画ね・・・・・』

Gandhi.jpg




ガンジーはやっぱりインドでものすごいヒーローなんですか?』


『ヒーローという人もいるけれど、そうじゃ無いっていう人もいるね。 僕はそうじゃない派だけど・・・・・』


『僕は映画や歴史の教科書でイギリスの植民地からインドを開放した中心人物としてしか知らないのでその辺は詳しくないんですが・・・・・・』

『インドのイギリスからの独立がガンジー一人の力で成せる訳も無く、その他大勢が戦ったからこそ成就した運動だったと僕は思っている。 当時新しいリーダを立てて国を統治しようとしたガンジーが保守派の反発を買って、パレスチナ問題に発展した要因にもなっているからね。 なんともいえないよ』


『そんな事があったんですか・・・・・・でも日本もヨーロッパの大国から植民地になる事を免れた国の一つだけど、本当に微妙な国内のバランスがその運命の分かれ目ですよね。』


『そうだね・・・・・ほんとうに微妙なバランスだと思うよ・・・・・・・』
→ more・・
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【2007/01/15 02:35】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






チキンゲームのその後  | アメリカ移住
以前このブログで史上最大のチキンゲームと称してキューバミサイル危機について書きました。

史上最大のチキンゲーム1

史上最大のチキンゲーム2

史上最大のチキンゲーム3

最近になって、カストロチェ★ゲバラと組んでキューバの政権を獲得した当時の様子を物語る人物に出会いました。

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渡米後すぐに知り合った東京ジムと最近会食をした時、キューバ人のマリアと話をする機会があった。


僕はまるで普通のことのように、

『時々はキューバに帰る事はあるの?』

なんて聞いてしまい、その時彼女は目を大きく見開いて

『とんでもない、私たちの家族はもうキューバには帰れないのよ』

と、言った。


・・・・・・私のお父さんは政治犯なの。


医者をしていた私の父は、キューバでは有名な大富豪の出だったわ。

もちろんの事、カストロの社会主義国家の樹立には大反対だったの。

だから、カストロ反対派の政治団体を支持するグループの一員として戦っていたわけだけど、どうにも戦況が危うくなってしまった頃。

政治犯として囚われる道よりも、アメリカへ亡命する道を選んだの。

どうせあのままキューバにいても全ての財産は政府に没収されていたでしょうからね。

アメリカへ来てからの父はバスの運転手をしながら家族を支えた。

こちらで医者をする為に大学へ行く資金なんて無かったから医者を続けられなかったの。

今でも親戚がキューバに住んでいるらしいし、ソ連の崩壊以後のアメリカとキューバはさほどの緊張も無いから、本気で帰ろうと思えば帰れるけれど、かなりの量の書類を提出する事を要求されるの。 それほどまでしてキューバに行こうとは思わないわ。・・・・・・・・


そのそばで彼女の友達のジムがキューバの旅行ガイドを見ながら、こう言った。


『今度、長期の休みでキューバに行こうと思っているんだ。』


『アメリカ人の君がキューバに行く手立てがあるの?』


『あるさ、直行で行くのは難しいけれど、メキシコやプエルトリコを経由すればすんなり入れるんだよ。 ブエナビスタ・ソシアルクラブ・バンドのライクーダだってそうやってキューバ入りしたんだ。』 




国境は故郷を思う人に対して今もなお、硬く閉ざされている

なんだか、複雑な一こまでした。


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テーマ=戦争・原爆 - ジャンル=政治・経済

【2007/01/15 02:01】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






がんばれる適齢期?  | アメリカ移住
僕は本当は20代で渡米したかったな~って思うときが多々あります。

理由はさまざまですが、脳みそが柔らかいし、家族への責任も奥さんと二人だけだったらそれほど重くなかっただろうから・・・・・

それに、その頃はまだ住宅バブルは来ていない頃でしたからね。


でも、このタイミングでアメリカにやってきた事をラッキーに思うこともあります。 

もし、20代で渡米していたら多分美容師はやっていないかもしれないと
思うからです。

のほほんとやってきた自分の美容人生を悔い改めて、渡米後の生活力をつけるための手段として再びふんどしを締めたのが30歳を過ぎてからでした。 毎週の休みを返上して勉強した5年の月日があったからこそ、僕は今もこうやって異国の土地で美容師を続けていられるんだと思います。


アシスタントからの再出発はかなり気持ち的にはきつかった。20代ならまだしも、もう奥さん子供を抱えてのその状況は家族に申し訳ないという気持ちも大きかったよ。


ある日、お客様に

『もっと早く渡米したかった』ってつい言った事がある。


そうしたら彼女は僕にこう言った


『私はね~以前コンピューター関係の仕事をしていたんだけど、39歳でロー学校に通って、42歳で弁護士の資格を取得したのよ。


 年齢に早い遅いなんて決して無いわ!どれだけ真剣に取り組むか? それだけだと思うの。


どうして弁護士になろうとしたんですか?


『大きな理由の一つは離婚ね。もとだんなと別れて女手ひとつで育てる子供たちの将来を考えると、もっと収入の良い仕事に就く必要があったの。


 と、言っても学校へ通っている頃は貯金を切り崩しながら、昼間はパートをして夜遅くまで子供たちの世話をして、そしてようやく勉強が始められるのは夜の11時、12時だったわ、それから2時、3時まで毎日・・・・ほんとうに一生懸命勉強したわ。』


『ある時、今のだんなと交際が始まってね・・・・再婚までしたのだけれど、彼は私が司法試験になんか受かるわけが無いってまるっきり私の可能性を信じていなかったの。 そればかりか、そんな勉強はもうやめて家のことに専念しなさい! なんて言われた事もあるのよ。』



『でも、私、やったわ! あの苦しい時期を乗り越えて、司法試験を合格した自分を誇りに思っているの。


だから貴方もやりたい事を真剣にやりなさい。年齢なんて関係ないわ、悔いが残らないようにやるのよ! 』



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テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2007/01/11 02:21】   トラックバック(0) | コメント(6) | Top↑






究極の和解案  | 竜馬に学ぶ
土佐の参政後藤と亀山社中の坂本竜馬

この宿敵二人が手を結ぶという場面においても


互いに相容れない部分に目をつぶって物事が進められた・・・・・

土佐の容堂公が持つ表向きは勤王派、心の中は左幕派という考えも土佐ならではのグレー政治だった。


互いの利害関係が一致する部分で繋がりあって、二者選択を決定付けない。


いわば現在の日本のあり方と同じく、世の中に異論や複数派を認めた考え方という事になるのですが。


当時は幕府側に就くか? 討幕派に就くか?


そんな白黒をはっきりつける事を求められた情勢下でした。


竜馬ははじめ薩長土の兵力を最新式のライフル銃で武装し、京に一時的に滞在する討幕派の兵力を増強する一方

幕府や薩長土の要人達に列強の植民地政策について説き続け

フランスが幕府に肩入れをして、イギリスが討幕派の武器調達の供給源という風に列強の存在が大きくなればなるほど、日本が内乱で二つに割れている時に諸外国の植民地化が進む事が確実という事を一部の知識人がイメージし始めた。


日本を列強の侵略から救うには、徳川も薩長土も内乱を避けながらうまく手を結ぶという解決策が望まれるようになり


以前勝海舟から聞いた妙案


大政奉還を行使するタイミングがやってきた事を悟った。



幕府はもし万が一薩長土に負かされたときにお家取り潰しになる事を恐れ、もし勝利してもフランスへの多額な負債によって、植民地化が進む事は間違いない事実だった。


長州は今回勃発しようとしている戦に勝たなければ全ての権利が剥奪されたままだし、負ければもう二度と再生しないだろうと言うほど財政が困窮している。


薩摩の目的はあくまでも長州と土佐と組んで幕府を倒し薩摩藩が政権を握る事にあったが、イギリスがどれだけの脅威かは知り尽くしている。


土佐藩は容堂の二枚舌であくまでも中立を保ち続けて来たが、政局がどちらかを選択せざる終えなくさせた。 この幕府、討幕の間にもまれ苦しみ続ける毎日が続いていた。




この利害関係を全てにおいてうまくまとめるのは


どちらの立つ瀬も守りながら行う戦無き革命『大政奉還』だった。


白黒はっきりつけずに進めながら、結局は日本を救ったものすごい妙案だった事は確かです。


だけど、どうもこのときの大政奉還の大成功が日本の政治に与えた影響は必ずしも良いものばかりでは無かったような気がするのは僕だけでしょうか?





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テーマ=歴史上の人物 - ジャンル=学問・文化・芸術

【2007/01/09 04:07】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






死体ほど役に立たずなものはない  | 竜馬に学ぶ
2度も土佐藩を脱藩して、故郷との縁を完全に断ち切ったはずの竜馬だったが、切羽詰る亀山社中の経営に竜馬は土佐藩と再び縁組をする事を決意する。

薩長に加え、土佐藩を亀山社中の大株主に組み入れた竜馬は会社の名前を海援隊と変名した。




土佐の参政、後藤が長崎に現れたとき、武市半平太(竜馬の親友で勤王討幕家)の仇だったため社中の連中が『後藤を切る!』と騒いだが、、、、竜馬は、


『それはそれ天下の大事は大事。 人間の死体ほど役立たずなものはないからな。』

と言ってたしなめた。


案の定、後藤を仲間に引き入れたとたんに、薩長土の間柄が急速に親密になっていき、やがて大きく時代が動き始めた。



権力に対して罪悪あればお家の誇りのために自らの腹を切って謝罪する。 

『腹きり文化』

国内の民ならず、外国人も武士の誇りを傷つけた場合切ることを許される

『切捨て御免』


武士道とは死ぬることと悟りたり


と、三島由紀夫がその著書で書いているように当時の武士道と言うのは、死ぬ覚悟ですべての物事が行われた反面、人の死というものを軽んじる文化がそこに存在した。

そんな中、恨み、仇、よりも実利を説き、昨日の仇を今日の味方にしてしまう。

そんな竜馬の懐の大きさが大事を成すにふさわしいものだったのは言うまでも無いでしょう。



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テーマ=歴史上の人物 - ジャンル=学問・文化・芸術

【2007/01/09 03:07】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






人に時計をくれてやっても、その使い方をおしえねば何もならぬ  | 竜馬に学ぶ
『人に時計をくれてやっても、その使い方を教えてやらねばなにもならぬ』

もし、その大政奉還が成功しても、長い歴史の中で政治をやった事のない朝廷の公爵達に国の政権をどうにかできるものはなかった。

また時を同じくして、倒幕派公家の岩倉具視らによって討幕の密勅が発せられようとしていたときである。慶喜は、大政奉還により先手を打ち、この動きを未然に防いだ。慶喜は征夷大将軍職も返上するが、慶喜は一旦は形式的に政権を手放すも朝廷側の公家には政権を担う能力がなく、いずれ徳川幕府が実質的に政権運営を担い実権を握れると考えていた。

大政奉還

第一策。

天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出づべき事

第二策。

上下議政局を設け、議員を置きて、万機を参賛せしめ、万機よろしく公議に決すべき事



日本の国政を民主政体にする事を以下八策に至るまで書き連ねた・・・・・・・



実際に国民全てがそれを理解し、帝国議会が開かれるようになるまでに、日本は23年の月日を費やした。




なんだか自民党が議席数2/3以上を奪われた時に一時的に公明党が政権を持った時の日本のようなそんな話ですが・・・・・


僕はあの時、政権交代をしても経験の無いものは学ばせる必要性があるという風に考えていました。だからたかが一期や二期の政権で見切りをつけてしまっては何にもならないのでは?







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テーマ=歴史小説 - ジャンル=小説・文学

【2007/01/08 17:22】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






You Make Me Feel (Like A Natural Woman)/Aretha Franklin  | MUSIC



この曲の作曲者 キャロル・キング と、この歌を全米、そして世界中に大ヒットさせたアリサ・フランクリンの競演。

その他にもセリーヌ・ディオンヌやマライヤ・キャリー 他 早々たるメンバー顔ぶれですぞ~




You Make Me Feel (Like A Natural Woman)/Aretha Franklin

Looking out on the morning rain
I used to feel so uninspired
and when i knew i had to face another day
lord it made me feel so tired.
before the day i met you,
life was so unkind
You're the key to my piece of mind

chorus:
cause you make me feel
you make me feel
you make me feel like a natural woman (woman)

when my soul was in the lost and found
you came along to claim it
i didnt know just what was wrong with me
till your kiss helped me name it.
now im no longer doubtful of what im living for
and if i make you happy i dont need to do more

chorus

ohh baby what ya done to me (whatcha done to me)
made me feel so good inside (good inside)
and i just wanna be (wanna be)
close to you you make me feel so alive

chorus (repeat till fade out)
→ more・・
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テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2007/01/08 12:24】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






リン・ストゥアートが今回のヘアーチェンジに賭けた思い!  | 美容道
先週の金曜日の朝、予約時間に大幅に遅れてリン・ストゥアートがやってきた。

『全国区のチャンネル8のリポーターからFOXサンディエゴのアンカーへと転身するから思いっきりイメージを変えてあげてね。彼女のイメージチェンジに成功したら、君のいいレピュテーションになるよ!』


とマークから言われて張り切っていたものの、僕は結局次の予約が詰まっているためマーク本人が担当することになった。


『長年の夢だったの・・・・・アンカー・ウーマンになることが・・・・・・


 チャンネル8でも「何時かはアンカー・ウーマンにしてやるよ」って言われながら月日ばかりが過ぎていたわ。


だから今回のFOXからのオファーは本当に待ちに待った幸運な事なの。



新規一転よ! 新しい私にして頂戴ね!!!



8年越しの夢が叶ったリンは、とてもはつらつとして周囲に明るい雰囲気を振りまいていた。




今回の Lyn Stwert のヘッドハンティング劇の裏側には、FOXの沢山のアンカー・ウーマンがリストラされていった背景があります。


TVニュース局の花形アンカー・ウーマン(女子アナ)は長年勤めてくると、タレント張りの自意識過剰状態になって、局からもかなり扱いにくい存在になってしまうそうなんです。


だから、ここ2~3年の間にかなりの扱いにくいアンカー達が解雇になった。 と、仕事仲間が言っていた。



初心貫徹! 腰を低くですな!




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テーマ=働き方 - ジャンル=就職・お仕事

【2007/01/08 11:59】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






個人主義の確立  | 竜馬に学ぶ
アメリカは薪割り下男と大統領と同格であるというぞ。

         わしは日本をそういう国にしたいのだ。』



勝 海舟 の見てきたアメリカの話しを聞いてから、竜馬はそんな風に考えるようになっていた。

少数ながら、竜馬と同じように人類平等思想を持った人間は他にもいた・・・・・・


しかし、竜馬以外の知識人は幕府や諸藩の高官であって・・・・・


実際にこれを実行に移そうなどと言う事は、自分の地位を破棄する行為に相違なかった。


武士の中でも階級制度が厳しい土佐に生まれ、有り余る能力を発揮する場所を求めて脱藩した竜馬にとっては、この思想が胸の中に強く刻み込まれたのは無理も無い事だろう。


『竜馬、ぬしゃ、天皇さへ認めぬのか?』

『このさい、そんな議論は無用だ! 


要するに人たるものは平等だと言っている。』


脱藩浪人の竜馬が、土佐二十四万石の参政である後藤に対して言い切った。


これが日本で始めて行われた自由民権運動だと言って良い。



『そのための討幕か』

『あたりまえだ。単に徳川家を倒すというだけなら何の意味も無い』

『大名も倒すのか』

『時期が来れば倒すだろう。土佐藩も倒してしまう。

 殿様も家老も上士も郷士も無い世の中にしてしまう』



お、おのれは。いまは勤王を唱えていながら天皇も倒し奉るということか?』


『世にいきものたるもの、みな衆生なれば、いずれも上下とも定めがたし。 今生のいきものにてはただ我を持って最上とすべし』



個人主義の確立を意味する。



ふひゃ~!!竜馬はかっこええ~ですのぉ~!!!
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テーマ=歴史上の人物 - ジャンル=学問・文化・芸術

【2007/01/05 02:40】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






2007年 初仕事  | 美容道
久しぶりにイブと元旦に二日間の連休があったので久しぶりにゆっくりマッタリとした時間を過ごしました。


今日は年明け初日の初仕事!


勇んで出勤したはいいけれど、アメリカのニューイヤーとは日本の正月のような気分的な盛り上がりがまるで無く。


あまりにもあっさりしすぎている。



美容院はさすがにホリデーシーズンを前にしてかなり年末ラッシュがあるから、そこは同じ・・・・・・・


だけど何かが違うのよね~


仕事おさめと、仕事はじめって感覚がまるで薄い。


『去年の煤を払い落として心機一転』 のような乗りが無いんですね~

確かにスクエアーガーデンのカウントダウンはかなりの盛り上がりを見せていて、コタツに入って『行く年・来る年』を視ている気分にも多少なるけれど・・・・・・


『おはよう、どうだった? 休みは?』 って普通に日曜日明けのようなノリです。


だけど、僕は今日から主力メンバーの一人が3週間の休暇に入っているので『ドシドシ入客するぞ~!!』ってかなり気負って出てきました。


なんですが・・・・


今日はとっても暇だったのでたった二人しか担当しませんでした。


一人目はシカゴから出張でやってきているおじさん。


彼はシカゴとサンディエゴの二重生活でこちらにいる時は当店へいらっしゃるのだそうで。


『あんまり短くはしたくないんだけど、右側の前方から後方にかけてなんだかコンモリ盛り上がってしまう癖があるのでこれをどうにかしたいんだけどね~』


『ここの~・・・・下の流れと・・・お客様がいつも右に流す前髪の流れがぶつかったところでぇ~~~~~ええっと、(どう言ったら良いのだろう?)一度盛り上がってしまうようですね。 そ、そしてぇ~ 
そこで押された毛がぁ~この後ろの骨が一番張っている部分をより高く持ち上げてしまうのが原因です。』


脳みそをフル活動しながらそう説明して問題を解決して差し上げました。


すると、 『Very Professhonal !!』


と、言ってもらえてなかなかつかみは OK!


2007年幸先いいスタートを切れました。


次はニュージーランドからアメリカを旅行中のカップルの女性を担当。

写真を見せながら、

『段差をあまりあげたくないんだけどこんなシルエットにして欲しいの』


『ここの骨が張っていてどうしてもウエートが下側に出来ちゃうから、貴方がこのシルエットにしたいって思う気持ちはとても解ります。 でも本当はボブっぽいスタイルでシルエットをこんな感じにしたいんですよね?』

『そうそう・・・・・』


『でしたら、下を短くして上から被せちゃうっていう方法をお勧めしますがいかがですか』

ハンドミラーを見せながらそのイメージを伝えて行った。



カットをし終わってダウンタウンをぶらぶらしていた彼がカットをし終わった彼女の元へ帰ってきた。


『可愛くなったね』って言って、いきなりチュ~です!・チュ~!


今日の担当客お二人はとっても僕の気持ちをハッピーにして下さいました マル。


馴れない英語を駆使してのインフロント・オブ・コンファーメーションはかなり脳内疲労が激しい。


だけど、入社以来サッスーンカットを叩き込まれて、なんとなく借りてきた猫状態だった僕。

やっと自分らしさが戻って来た感があるのはうれしいかぎり・・・・・





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テーマ=美容のお仕事 - ジャンル=就職・お仕事

【2007/01/03 12:39】   トラックバック(0) | コメント(8) | Top↑






サッスーンの『利』  | デザインの視点
バーバーで行われていたシザースカットを女性のヘアーに用いた事と、建築好きだった彼がアールデコ建築をそのテクニックの中に取り込んでいったという事事態が彼の美容業界における『利の種子』だった事は紛れも無い事実ですが。

それを最初に決定付けたこのスタイルです!

Square.gif


巷ではまだレザーでカットする風潮が強かった60年代初期に

シザースを道具に、モダン建築の理論を取り入れて手入れのしやすいカットを普及することに目覚め、多くの女性がビッグヘアーの巻き髪、逆毛とヘアースプレーのスタイリングから開放されていった。



そんなある日ヴィダルサッスーンは、形の崩れやすいパーマヘアをどうにかシザースカットで乾かしただけでまとまるような技術を生み出したいと日々研究実験を続けていた。


そしてある日、とうとうその完成を見るに至ったのです。


それが スクエアーカットの理論でした。


左右に均等にウエートが溜まりこんで行く事で丸い頭の上でしっかりとしたフォルム形成が行われ平行な段差が左右どちらにもぶれません。


後にサッスーンが発明するグラデーションカットの基礎とも言うべきカット理論です。


これこそ美容業界の現在の繁栄の石杖を築いた『利』ではないでしょうか!


そして僕はその利の恩恵を日々感じながら仕事をしています。
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テーマ=ヘアスタイル - ジャンル=ファッション・ブランド

【2007/01/02 14:51】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






日本初の株式会社  | 竜馬に学ぶ
竜馬は日本で始めて新婚旅行をしたハイカラな人であったけれど、日本で始めて株式会社というものを作った人でもある。 


彼が株式会社発足に全ての力を注いだ理由は、やはり倒幕連合を作ることの事はじめだった。


討幕思想を持つもの同士がその思想を説きあって結社を作っていく事が難しいほどお家とお家の関係が冷え切っている。 そんな九州の大中小藩主の思いを一つにするという事事態とうてい不可能というほど難題だった。


竜馬は議論というものの効力をあまり信じていない。


議論などで人を屈服させたところで、しょせんはその場限りと言う事が多い。



『利が、世の中を動かしている。』


竜馬はまず九州諸藩連盟の商社を下関に作ることを考えた。


そして、会社の羽振りが良くなってくると、

どの藩も財政難だからきっと争って加盟してくるだろう。



海外貿易を一手に握ろうとする幕府、

『徳川一人儲け』

だけは阻止しなければならない!

自然にその九州諸藩カンパニーと幕府の利害関係が対立しはじめ

徳川家に敵対し始めるに違いない。




そこに、九州諸藩カンパニーが出来上がれば、自然に三十四藩は仲良くなる。その商業結社を基礎に政治の正確を帯びせさせ、やがては日本的な規模で諸侯連盟をつくりあげていく。その連盟が国政をとる。という竜馬の読みがあったに違いありません。

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→ more・・
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テーマ=歴史上の人物 - ジャンル=学問・文化・芸術

【2007/01/02 14:18】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






勝の外交  | 竜馬に学ぶ
第2次長州征伐に必死で応戦する長州が全線全勝を見せる中、小倉城が落城した知らせを聞いた時の徳川将軍 慶喜 は。 長州との休戦交渉のため勝を使いに出します。


行けば必ず刺客に命を狙われる違いない状況の中、勝は供もつれずに宮島入りをした。


『外交には羽柴筑前守当時の秀吉のやり方がよい』

と 勝 海舟 は思い、常々実践していたからです・・・・・・



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秀吉が筑前守のころ、山崎で明智光秀を討ち、柴田勝家を負かし、さらに越前に入り、府中城の周囲を固めた。


府中城の城主前田利家は秀吉とは幼い頃からの友人でありながら、たまたま敵対する大名の配下の家柄のため、今では互いに刀を構え軍をする立場になっていた。


秀吉はこれを外交によって味方に繰り入れようと考えていた・・・・・


秀吉は供も連れず、ただ一騎、府中城の城門まですすみ、自分に照準をつけている鉄砲群にむかって、

『撃つな、撃つな』

と白扇をあげ、


『わしは筑前ぞ。又左(利家)はいるか。物語などせんと思って参ったぞ』

と言い、あきれる城兵をしりめにするすると城門から入り、利家と対面し、戦わずして利家を降してしまった。


つまりこう言う事らしい、、、、、


府中城の門前で互いが幼少の頃よく遊んだ頃のように。。。。

『又左君、あ~そ~び~ましょ!!』

と、やったニュアンスに近いのだろう。


これは

赤心を推して他人の腹中におく
心から人を信じて、まごころをもって接することのたとえ。


誠にこの精神が無ければ成しえぬ事だろうと思う。

利家がもし部下に、『引き金を引け!』と命じていたとしたら・・・・・


羽柴の天下統一の野望もそれまでだったでしょう。





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もちろん単身で乗り込んだ勝を刺客達は殺生する事なく、休戦交渉を彼は見事に成し遂げた。


真っ直ぐ確信を持って人の心を信じると言う事は、ある意味自分が相手に対して思い描く心情に責任を持たねばならないと言う事なのだろうと思う。 

凡人の僕にとって今はまだわが子以外それは成しがたい事だけれど、いつか秀吉や勝のように、死ぬる覚悟を持って人を信じる という心境になってみたいものです。

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テーマ=歴史上の人物 - ジャンル=学問・文化・芸術

【2007/01/02 04:24】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






James Brown の死に想う  | MUSIC


「ソウルの帝王」と呼ばれた米のソウル歌手ジェームス・ブラウンさんが25日、ジョージア州アトランタの病院で死去した。享年73歳と伝えられる。AP通信によると、肺炎で24日に入院していた。

薬物所持違反や暴行事件などを何度も起こし、それでも社会復帰をして、前立腺癌も乗り越え

60年代70年代を疾風の如く駆け抜けた男がこの世を去った。


決して裕福な育ちではない。

靴磨きからのスタート

自動車の窃盗罪でつかまった事もある

そんな生い立ちから一転NYへ上京、一躍ソウルスターなったシンデレラソールマン



そんな彼の生き方が良いとか悪いとかの問題では無くて・・・・・



そんな彼だからこそ、どんな人も勇気付け励まし続ける事が出来たのだろうと僕は思う。


だから、彼の死を悼んで沢山の人がアポロ劇場へ集った。


マイルス・デイビスが逝った時、40年代50年代を生きた人が感じたように、そしてレイ・チャールズが逝った時、50年代60年代を生きた人が感じたように・・・・・・・・

彼の死をまるで一つの時代が終わり告げるように感じる人は少なく無いと思う。

だけど、彼のショーマンシップはマイケルジャクソンやプリンスなどの80年代に生きたスター達にしっかりと引き継がれている。


そして、再び80年代が脚光を浴びようとしている。


そうやって時代は受け継がれて行くのだと思う。
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テーマ=洋楽 - ジャンル=音楽

【2007/01/01 16:12】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






行く年来る年 (フレンドシップ編)  | アメリカ移住
HappyNY.gif


去年は色々な出会いがありました。

日本からご声援を頂いた方々・・・・・・

モルモットになるのを覚悟でモデルレッスンにご協力を頂いたあの方この方・・・・・

沢山のお友達をご紹介して頂いた方もありました。


オン・スケジュールになった事を我が事のように喜んで下さってお電話くださった方もありました。



美容試験の合格祝を開いてくださった方や、誕生日に来てくれた人、日本に帰ってしまった方もいたりして・・・・・

昨年の年末は色々な方からホームパーティーのお招きがあり、マイミクのアッチさんの家で行われた忘年会では、おいしそうな司馬遼太郎の本をどっちゃり土産でもらったりと・・・・・・(ありがとうございます)


そんなこんなで一昨年までは義理の妹の友人一同との付き合いが主でしたが、少しずつサンディエゴでのお友達のつながりも深まりつつある今日この頃。


もっとちゃんとお返しをしなければならないと思いながらもちょっとまだ力不足なのがたまに傷ですが・・・・・・・


皆様のご恩に報いるためにも来年もしっかりがんばって行きますのでよろしくお願いします。
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テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2007/01/01 15:43】   トラックバック(0) | コメント(6) | Top↑






行く年来る年 (家族)  | アメリカ移住
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昨年一年、、、、


この寝顔には本当にいつも救われました。


渡米一年半を過ぎた今でも、この先の見通しなんてあまりはっきりとは立っていませんが....


疲れて家に帰って、この寝顔を見た瞬間に、全ての事が消え去ってしまいます。


アメリカへ来てからの僕は、本当にお金というものを使いません。

それでも、毎日の生活は幸せに満ちています。


奥さんに支えられながら。。。

娘が文字を認識し始め、そして自分の名前を書けるようになって、、、

いろんなものの単語を書けるようになり


今日なんか一緒にカードゲームに興じていると、彼女が足し算が出来るようになっている事を知り

子供の一年の成長がどれだけ早いものかを思い知らされました。


歌が以前よりもはっきりと上手に歌えるようになり、


ディズニーのハイスクール・ミュージカルの中に出てくるお兄さんお姉さんの歌と踊りを覚えてまねしてパフォーマンスをするさまは本当にわが子ながら『可愛い!』


時々お父さんお母さんの肩を揉んでご機嫌を取るなんて芸当も覚えました。


クリスマスにはちゃっかりサンタさんとダディーとマミーと3つのプレゼントを請求するようにもなりました。 (結局手に入れたのは一つだけですが・・・・・)





そんな日々の彼女の成長を、日本にいた頃よりももっと彼女の心の近くで感じ取っている自分がいます。



それに比較するとおっさんになって渡米した僕の脳みそはかなり硬く出来ていて、なかなか流暢におしゃべりができるに至りませんが、、、


それでもめまぐるしく過ぎ去っていく日々の緊張感の中で、娘の将来の姿を思いながら今年もがんばりますよ~!
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テーマ=幸せなひととき - ジャンル=結婚・家庭生活

【2007/01/01 15:23】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






飛翔  | D70
Hishou.gif


明けましておめでとうございます!!!

2007年は80年代の風がビュンビュン吹きまくって

パラグライダーを空高く舞い上がらせます!!!


そう! いよいよ僕達の時代がやってきましたぁ~~~!


今年は飛翔の年ですよ! 諸君!!!


今まで持て余していた力を! そして英知を!


フル活動させて、大きく飛躍する年にしましょう!!!


僕も~!!!


ガンバルきにぃ~!!
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テーマ=いろんな写真 - ジャンル=写真

【2007/01/01 14:50】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






行く年来る年 (仕事編)  | 美容道
Kazari.gif


皆さん明けましておめでとうございます。

アメリカへやって来て2度目の正月となりますが、今年は人生の中で一番物事が動いた年ではなかったのでは? と、思うほど色々な事がありました。




やっとフロアーでの入客が公式に認められ、一日に3~4人の入客を毎日コンスタントに行うようになって、なんともせわしく働いています。

たかが3~4人なので他のスタイリストや、カラーリスト達に比較するとぜんぜん入客数は少ないのですが、名目上はアシスタントとして在籍しているので合間合間を縫ってカラーリストやスタイリストのシャンプー・ブローのヘルプと片付けに追われる毎日。


グレーゾーンでかなりこき使われているという感じにも受けますが、当初、2店舗で10人以上いたアシスタントが現在ではたったの3人になってしまい生き残りの厳しさを感じながら、同時にその事情もきちんと把握しているので気分的には問題ないです。

もともと日本で働いていた時よりずっとこちらの美容院のほうが楽ですからね。

スタイリスト昇格疑惑ですが・・・・

(スタイリストに昇格したのかどうかをマークに確認したところ、『まずは顧客を作ってからスタイリスト昇格テストを受けるシステムになっている』との事。  )

アシスタントでオンスケジュールをした段階では、特にヘルパーを必要とするカラーリスト達からの締め付けは厳しく、自分たちがヘルプが欲しい時間帯は僕のスケジュールをブロックして入客できないようにする。などの入客妨害もありますが・・・・・

フロアーコーディネーターはそんな僕に味方してくれてウォークインのお客様が入ればできるだけ僕にブックしてくれる。

英語力の低い僕は今まで移民系の人たちを接客していた時は、かなり気持ちを汲んでくれて、僕が会話しやすいように計らってくれる人も少なくなく、お気楽に楽しく仕事をしていたけれど、生粋のアメリカ人に担当する機会が増えれば増えるほど、会話が通じないストレスが増してくる。

で、!

一回一回が集中力を働かせて真剣勝負!!! 連続で入客するとちょっと脳みそがくたくたになってしまいます。


それと、もう一つの問題は髪質のバラエティーの豊富さ。


日本人ばかりを担当していた日本での美容経験でも【お客様の髪質は多種多様】と、そのように感じていました。

しかし、アメリカはそれが桁違いです。 特にブルーネットのヘナヘナ毛は一見日本人の毛質に近いように見えて、その読みを裏切られるケースが度々。(日本人の軟毛よりひらひら飛び回ります)


そのうち慣れるとは思いますが。。。。。


しかし、苦手だったカーリーヘアーのショートスタイルがかなりコントロールできるようになったり、たかがワンレングスを切っても『こんな完璧なワンレングスは初めてよ』なんてお褒めを頂いたり。


モデルレッスンを130人もこなして理論と実技を徹底して習得していった事の収穫は多いようです。


マークが何故このような髪質の顧客に削ぎを禁止しているか?と言う事が良く理解できます。


日本の美容業界は世界にも誇れる優秀な技術を持っているとは思います。しかし、つくづく今まで狭い世界からしか物事を見ていなかった事を痛切に感じ、外資系の美容院に就職して、相手の懐に飛び込んだ事を正しい判断だったといまさらのように思います。


またこの内容からアジア人の毛質に対してもフィードバックできる技術もあるのでこれから地道により多くのお客様に喜んでいただけるようにパワーアップしていきたいと思います。


どうしてもアジア人モデルが多かった僕にとって、途中モデルさんを怒らせてしまったり、色々難しい場面があったけれど・・・・・・

理解していたつもりの

いろんな人種といろんな髪質、そしていろんなコンプレックスが生み出すニーズ

というところをもっと深く知ることができました。


モデルレッスンは継続!

『僕が何人モデルを連れてきたと思います? 130人ですよ!』

ってマークに言うと。。。

『おお! じゃあ俺はもう君が入ってきてから、他の子のモデルも含めて300人以上は面倒を見てるって事だね~

モデルレッスンは我が社に在籍するからにはずっと続けていくもの。勉強し続けるのは普通の事じゃない?


って言われました。。。。


と、言う事で来年からも毎週月曜日がこれからもずっと練習日に固定され、以前ほどの人数では無いけれど、モデルハントも続行です。


と、なんだかんだ結構アメリカでの僕の生活の骨組みが、かなり出来上がって参りました。


月$800程度の収入からスタートして4ヶ月。

異例の昇進のおかげで時給があがり、一日に担当できる人数が多少増えたこともあって、チップ収入を含めると日本で働いていた頃とあまり変わらないようにはなって来ました。それでも、家賃と子供のプリスクール費用が広島の約2倍なので生活はあまり楽ではありません。


サンディエゴは全国平均よりも家の価格が40%高い割りに、収入は全国平均よりわずか15%上回るだけなので、かなりエンゲル係数は高い暮らしぶりになっています。


でも、僕達親子があのまま日本に暮らし続けていたとして、たぶんもう一子には恵まれていたかもしれませんが、これ程の日々の生きている感動を実感できたかどうか? その答えは怪しいものです。


何故なら、僕はきっとその恵まれすぎている環境の中で幸福を感じるセンサーが少し狂っていただろうと思うからです。


2007年も仕事面ではきっと波乱の年になるとは思いますが、生きるエネルギーを煌々と燃やしながら突き進みたいと思います。




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テーマ=美容のお仕事 - ジャンル=就職・お仕事

【2007/01/01 13:07】   トラックバック(1) | コメント(0) | Top↑






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