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 El Cajon の歴史とフセイン暗殺の結末  | アメリカ移住
さて、誠に奇妙なタイトルで今日のトピックを始めるようになってしまったいきさつは、先週ご来店頂いた長年担当させて頂いているジュリーさんの結婚談を聞いた事がきっかけになりました。

彼女は約20年ほど前にイラク人の男性とご結婚されて、サンディエゴのエルカホンという町に暮らしています。サンディエゴ在住の方なら、このエルカホンという町がどのような町か大方イメージがつかれる方も多いかもしれませんが、ご存じない方の為に、少しこのEl Cajon Blvd. 周辺の内容についてお話したいと思います。

エルカホンは1869年に金が発見されたサンディエゴ郡内陸部のジュリアンへ旅する多くの人にサービスを提供していました。食事(馬も含む)付きで1泊1ドルの値段だった。エルカホンはアッシリア人とイラク系アメリカ人の人口が多く、アメリカでは最も大きなカルデア・カトリック教会とイラク人のコミュニティの一つがある。

自治体が、イーストサンディエゴ郊外のベッドタウンとして、町の浄化と発展に努力を費やしている結果が、La Mesa 周辺では見られる傍ら、移民層が多く暮らす土地柄、立地条件としての評価はあまり高く無く、その上、夜になると、売春婦がElcajon へ続く幹線道路 El Cajon Blvd.に立っているという事はかなり良く知られ、そう言った事が、この地域の発展の邪魔をしている事も否めない事実です。

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私は私のイラク人の家系にはじめて嫁いだメキシコ人の嫁なの。
あの当時は極めて珍しく、家訓を破って嫁入りを許可された異例な事だったの。

夫から、彼の家族の歴史を聞知ってるのでね。


1920年代にイラク人がイスラムから弾圧を受けていたキリスト教信者達の多くが生死を賭けて国抜けをして、アメリカのキリスト教徒の団体のサポートを受けて辿り着いたのがシカゴだったの。キリスト教に理解のある裕福な国アメリカには、その後30年代にも、家族をつてにイラクからの移民は増加したの。当時アメリカに暮らすイラク人はお金が無くて、本当に大変な苦労をしたそうよ。


その第一期イラク人移民の中に私の義理の父の親の世代がいるのですが、その方はシカゴ1950年代その移民達の子供達が大人になる頃、私の夫の父は両親から金のローッレックスと少しばかりの金を与えられて、

『これからは一人で生きなさい!』


家を追い出されたました。当時、不況の風が吹く最中、ルーズベルト大統領のニューディール政策が、多くの働き手を西海岸に必要としていました。

私の義理の父もその時、西海岸へやってきたの。

ゴールドラッシュ当時に、もともとサンディエゴの内陸部まで道が繋がっていたElcajon の商業的可能性に気がつくまでにそれほど時間がかからないぐらい、El Cajonはその当時、サンディエゴイースト地域で稀な発展を遂げていたと聞いています。


私の義理の父もElcajonで商売を始め、同胞達も次々とEl Cajon の噂を聞いてサンディエゴへ移り住ん出来たんだそうよ。


1980年代は特に良かったのよ。 だって、1979年にフセインが大統領に就任してからというもの、一気に国内の宗教闘争を治めて、キリスト教の弾圧に対しても緩和な政策を取ったの。さすがに国内でのキリスト教の普及活動には多数派を考慮して許可は出来なかったみたいだけど、アメリカを中心とする、キリスト教受け入れ態勢のある国への亡命の選択肢を与えたの。やっぱりサンディエゴに移住したイラク人はエルカホンに暮らす事になったわ。


だからね〜、、、、


その頃のエルカホンはもうホクホク。


お金のある生き生きとした同胞達が移住して来たのだから、もう商売も上向く一方。

エルカホンは瞬く間に未来の明るい地域へと発展して行ったわ。


それが、ブッシュ父政権に入ってからの湾岸戦争。そして、ブッシュ息子のイラク戦争。

イラクのクエート侵攻とか、アルカイダの援助だどか、理由はさまざま語られたけれどもね?

結局アメリカにとって対イラク政策っていうのはイラクの油田なのよ。

まあ、そこは大きすぎて私みたいな家庭の主婦が話すような内容じゃないんだけど、

その二回の戦争はエルカホンに多大なる打撃を与える事になったのよ。

戦争が生み出したのはものすごい大量な亡命者達。

キリスト教に緩和な政策をとって、国内宗教闘争の鎮圧に成功をしていたリーダーのフセインの銅像がバグダットで倒された後、

エルカホンには命かながら無一文で逃げ出して来るイラク人亡命者が後を引かない。


彼らは衣服も財産も持たずやってきて、行政の支援を受けて暮らしているの。

そして、この国の暮らしに慣れて来ても援助をむさぼる習慣は治らず、いつか、エルカホンの住民は二つの異なる層で構成されるようになったの。


勤勉に働く事を惜しまず、コツコツと自分のやるべき事をやりながら生きて行く人達。

方や、まともに働きもせず、簡単に稼げる方法で人からお金を巻き上げようとしている人達。


それが、El Cajon の今のしこりとなって発展の足かせになっているのよ。


 イラク国内だってそうでしょう? "isis"がやってる事はフセインの内容に比べてどれだけ違う事なの? 彼らは見境無くキリスト教信者を殺害しているのよ!

しかも、フセインが生きていた時の方が、ずっとキリスト教徒達は平和に暮らせていたんだから。

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El Cajonはその土地の形状からかつて、スペイン語でBig Boxと呼ばれたのがその名の由来です。

その後人々はその土地を英語の意味を込めて、”Big Back” と呼び希望に満ちてこの地にやって来た。

そう、かつて金の成る土地とイラク人が呼んだこの土地は、今は寂れてしまって、当時の勢いを感じさせるものは何も無くなってしまった。

戦争というものが、遠い海の向こうだけに影響するものでは無い事を、ヒシヒシと実感させるお話だったと、coolcutsは感じたのです。
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【2014/12/16 03:39】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






思うは招く  | アメリカ移住


 いや~、これは良かった。僕の場合は "そんな事無理" じゃ無くて、 "アメリカ行って何になるの?" ってのが多かったかな? それから "美容師なんて食えない仕事はよしたほうが良い" って学校の先生に教えて頂きました。学校教育の使命感はちょっと方向が片寄ってるようなきがする。

 途中、あの時 "先生の言うこと聞いとけば良かった。" って思う場面もあったけど、今は "チャレンジして良かった、"って思います。

"現在の自分の "努力" が次世代の人達の可能性を生む。" 日本社会全体が再び本気で思える時代がまたやって来るのでは? そう思わせるこの火種スピーチに感動しました。宮崎駿さんも "映画はもう無理、、" を連発するまでは心から尊敬してたのにな。まあ、やり遂げた人が言うのだから言葉の意図するところがちと違うのは間違い無いのですが。

明日から "じゃあこうしてみたら?" ってのを心がけてみましょうかね? 

今年も笑って七面鳥が食べられる事に感謝、感謝。
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【2014/11/28 05:15】   トラックバック(0) | コメント(3) | Top↑






オバマケアーの落とし穴  | アメリカ移住
私の主人はここアメリカで裸一貫からはじめてね、以前工場を経営していたの。

一番景気のいい時には、毎月$120,000も手取りで給料があったのよ。

それが、そうね2年間続いたかな?

もう、一般的な家庭の10倍以上も収入があったから、あの頃は買いたいものを何でも買う事ができて、かなり裕福な生活をしてたのよ。

景気が悪くなってから、工場を人手に渡してからは、夫婦共々収入がゼロ。


ゼロっていってもね、当時の貯蓄や資産運用があるから、この家と、別荘の維持費と生活費が賄えている訳だけど、まあ、それでも、月々使える金額は、$120,000が$12,000になってしまったわ。かなりの格差ね。

過去の浪費癖をなおすのに本当に苦労しているわ。


『$12,000でも、一般的な家庭よりもよっぽど裕福ですけどね。』


旦那はもう65歳を超えてるから、メディケア。

私は、以前かけていた医療保険から追い出されてオバマケアに切り替えざるおえなかったの。

それで、どれくらい毎月の保険料が来るのか? ニュースを睨みつけながら、ビクビックしてたわ。

だって皆、口々に高い高いって苦情をメディアに訴えているんですから。


それで、ふたを開けてみるとね。 

月々たったの$120!


以前は個人事業主だったから夫婦二人で $900も払っていたのに、いまじゃ二人合わせても$200にも行かないの。


だって、私たち 無職で無収入だからだって!


私たちにとってはとってもいい事だけれど、ここがオバマケアの落とし穴だと思うのね。


だって、私たちのような暮らしぶりをしている(夫婦二人にはとっても大きすぎるぐらいの豪邸に住んで、高級車を複数台乗り回して、リゾート地に別荘とタイムシェアーも所有する)リタイヤ夫婦がたったの$120の掛け金で済んで、一生懸命毎日働いている夫婦が私たちが使ってるお金よりもずっと小額の給料で、私の3倍以上の掛け金をかけなけりゃならないなんて、やっぱり不公平でしょう?

査定の視点が、所有財産は外れて収入の額のみだから起こる矛盾なのよ。




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【2014/07/22 14:40】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






広島廿日市が剣玉の発祥の地!  | アメリカ移住


最近娘のさりなの友達の間で剣玉が大流行! 最初は一部の柔道仲間だけの事だとおもいきや、アメリカのスノーボーダーが北海道へ遠征へ行った時に日本から持ち帰った剣玉を手にして、ありとあらゆるトリックを開発。披露し始めた。のがきっかけで、爆発的な人気になっているということらしい。

今では、KENDAMA USAなんていうアソシエーションができて、剣玉の製造も行い普及活動も行われているという事だった。


この剣玉がなんと高額。$20 から$100を超える物まである。


それで、さりなの従妹が、僕に剣玉を手に入れて欲しいと言って来たので、それなら元祖の剣玉を手に入れてやろうと思い購入に向けて色々と調べ始めたのだが、、、、


なんと!その発祥の地が僕の生まれ故郷の広島県の廿日市市! 16世紀にフランスからやって来たビルボケという、ただボールと剣部分だけだった玩具に、広島県呉市の江草濱次(えくさ はまつぐ)さんがお皿を付けた日月考案した、実用新案取得日月ボールという玩具に進化させて特許を取得したのが大正八年の事。廿日市市がしゃもじや家具の製造などで木工が盛んだったため、その大量生産が行われるようになったそうなんです。

しかも、ここで7月12日に本大会が広島県廿日市市で開かれるそうです。

それに先駆けて、剣玉ショップ [夢]というのが一昨日の22日にオープンしたそうです。

アメリカがKendama USAで盛り上がっている間、剣玉愛好家、窪田保さんは悔しい思いでそれを見ていたそうです。でも、広島大学在学中にで剣玉クラブを立ち上げた持ち前の行動力で、海外の剣玉を逆輸入する GULOKENとう団体を発足。そして、今回の世界大会誘致と、剣玉専門店とオープン。と、元祖の意地を見せてくれました。


MAZUDAにカルビー、TDKそしてユニクロに100均。 どんどん広島初のビジネスが世界へ羽ばたいてくれればとっても嬉しい限りです。


ところで、この剣玉専門店のすぐ目と鼻の先に僕が以前ちょっとだけ勤めてつぶれた美容院があったんですね。当時は本当に古びて死にかけた、活気の全く無い廿日市駅前商店街という商店街だったんですが、この剣玉のおかげで、剣玉通という名前に変わって、活気が出ているようですね。こんな町おこしのあり方もあるんですね、嬉しい限りです。



剣玉ブームの逆輸入に関して言えば、またしても浮世絵やYMOの再来で、日本で認められないものが海外で流行った所で、日本人が注目し始める。

日本人が内側から自分達の優れた文化を評価できるようになるには、後どれだけの事例が必要なのでしょうか?
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【2014/06/24 02:28】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






ロシア人の立場から  | アメリカ移住
ユリア!久しぶり、

元気してましたか?

『ええ、元気よ。やっと司法試験に合格してね、晴れて移民法の弁護士よ!』

それはおめでとうございます。

XOXOOXXO………

ああっ、そういえばロシアはどうなってるんですか?

ウクライナに干渉し過ぎなような気がしますが。

『でもね、歴史的背景をみると、ウクライナはいつもロシアの一部地域だったのだから、

”あれはロシアの領土だ!” という主張も、まんざら嘘では無いのよ。

ウクライナに譲与された後も、結局はソビエト連邦の管理下にあったのだから、やはり一国の中の一部には違いなかったの』

でも、歴史的背景を言い始めるとですね、、、、このカリフォルニアだって、メキシコに返還しなければならなくなっちゃいますよ。

『そうね、それはその通りだと思うわ。でもね、のペニンシラは黒海に面したロシアにとって物流と防衛上重要な立地という理由とは別の側面からのロシアのウクライナ干渉があるのは事実よ。

ウクライナの近年の状況はね、ほとんど第二次世界大戦時代のホロコーストに類似する状況下にあったの。

支配する側と支配される側が、はっきりと別れていて、支配される側がロシアの救いの手を待ち望んでいたのよ。

だから、プーチン大統領はロシア側から見ると、国連のような動きをしているに過ぎないの。

世界の番人と主張するアメリカ合衆国と同じメンタリティーね。

あれ程差別意識の高いロシア人が番人じゃ、とっても皮肉な気がするけどね。』

ロシア人が差別意識が高いって、ロシアもアメリカと同じ多民族国家でしたね。

『そうよ、ロシア人はロシア人しか認めないの。え? ロシアにロシア人以外の国民がいるんですか?
 ええ、ロシア人以外は全て非ロシア系民族よ。 私もその一人、アジア人系ロシア人は絶えず差別対象になってるわ。』

ああ、そうか、ロシア人はロシア人で、他の民族は他の民族なんですね。

『そうよ、ほぼアメリカと同じね。


だからね、同じような性質を持った他民族国家のアメリカが、あのウクライナの件について忠告するというアクションはとっても滑稽ね。

だって、アメリカだって、メキシコからずっと以前に取得した領地を変換するなんて考えもしないでしょう?

私は2001年にロシアからアメリカへやって来ました。だから、冷たい戦争のまっただ中をソ連で過ごし、ペレストイカ以降のロシアも見て来ました。アメリカへ渡った今、ロシア内での物事の認識と、アメリカから見た認識では、やはり少しギャップが出てしまっているのを、両方の立場になって考えてどうしても感じてしまいます。』


今日は、ロシア側から見た視点が聞けてとっても学びがありました。 今度からできるだけロシアからの視点も意識してニュースを見たいと思います。
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テーマ=政治・経済・時事問題 - ジャンル=政治・経済

【2014/04/12 14:37】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






感じてますか?  | アメリカ移住
『あ、ごめんなさい。 この方私のお客様なんだけど、毎日のように電話かけてくるのよ。
 お客様だから邪見にも出来ないし、適当にお話をして、次の仕事の為に繋げるようにしているの。ごめんなさいね手を止めさせちゃって。』

いいえ、かまいませんよ。彼は、貴方の事を好きなのでは無いですか?。

『ええ、間違い無くね。』

貴方は彼氏がいるの?

『いないわよ。私の友達も。”どうして彼氏にしないの?” って言うんだけど、
 私、仕事とプライベートを一緒にしたくないのよ。

 だいたい、何も感じないのよ。

感じ無いって、つき合う前からそうそうわからないと思いますよ。

私は感じるのよ。もし、その相手が結ばれるべき相手なら。。。。

私の元カレがサンフランシスコに住んでいるんだけどね。

彼とは繋がってるの。

彼が体調が悪い時には、私がそれを感じる事が出来るし、私が落ち込んでる時には、彼はすぐに解るの。
お互い同じ日の同じ時間帯に ”お腹痛〜い” ってね。

彼とよりを戻して結婚するとか考えていないの?

『もう結婚してるのよ。 娘も一人いるわ。その娘がもっとサイキックなのよ。

先日ね、私がネックレスを探しながら彼に電話していたの。彼に、電話で ”ねえ、ネックレス何処?” って娘に聞いてみて? って言った瞬間にね、彼の目の前にいた娘がね、

私たちの会話も聞いて無いのに、穏やかに笑ってこう言ったの。

”ネックレスはあるわよ” って。


その瞬間ね、ネックレスがふって来たのよ! 私の手の中に。

えええ!!!それってマジですか?

彼は奥さんとは繋がっていないのですか?

『あんまり彼女にはどうでもいいみたい。でも、彼は彼女の悪い”気”を吸い取ってしまう事ができるみたいよ。』


貴方の方がそんなに繋がっているなら、何故彼と関係が続かなかったのでしょうか? だって、どうやら貴方は自分にコネクトする人を感じる事ができるんでしょう?

『ええ、一つ確かなのはね、”彼もその人じゃ無い” って事なの。

だから、もう7年も彼氏がいないのよ私。』


たった一人の人と結ばれるっている事は大変な事ですね。

でも、探し当てたら、間違いが無いのだから、絶対幸せになりますよ。

『そうね、私もそう信じてるわ』

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テーマ=恋愛心理 - ジャンル=恋愛

【2014/04/12 13:42】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






近所で銃撃戦  | アメリカ移住
photo 2

昨日の11時頃のダウンタウン。 僕のお店から見えるブロックの道路が封鎖されました。

近所のアパートの上階に立てこもった男がショットガンを手に警察官と銃撃戦を繰り広げたからです。

その後、大勢のSWAT チームが到着して、アパートの中に入って行くとビル内に煙幕を焚き、

この男を撃ち殺してしまいました。

彼は62歳の元アーミーで、ベトナム戦争から帰還後にPTSD になったそうです。

戦場での体験が精神を病ませ、生き続ける事が困難で仕方なかったと聞きました。

彼は、SWAT が『銃を捨てて、手を上げなさい!』と、言った瞬間に

ショットガンを持った右手を少し正面に傾けて見せたそうです。

SWATはそれがこの状況下で自殺を試みる人間によくある仕草とわかっていながら、SWAT 自分達の

身を守る手引き通りに引き金を引き撃ち殺す選択をせざるおえなかったそうです。

サンディエゴはかつて対メキシコ防御ライン、そして太平洋戦争の防御重要基地であった事から、

沢山の帰還兵が住み着いています。彼らは日々戦場での恐怖やぬぐい去られぬ惨劇の回想に精神を病み、

日々己の生と戦っています。

ベトナム戦争では、多くの兵士がモルヒネ中毒になって帰還しました。

彼らにできるだけ安らかな日々をおくってもらえるように、軍機関にしっかり心のケアをしてもらいたいものです。

かつて勇敢に戦った見知らぬ男よ、どうか安らかにお眠りください。
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テーマ=海外ニュース - ジャンル=ニュース

【2014/02/28 01:16】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






女性メイヤーの回想  | アメリカ移住
あなたのお店に来たのは、私の知人がとってもすてきな髪型になってパーティーに現れたからなのよ。

「あなたは日本から来たの?」 

はい、日本で生まれ育った日本人です。

「ええ、名前を聞いてそうだと思ったわ。 

私はサンディエゴ初の女性メイヤーにだったの, もう、20年以上も前の事だけれど。

その時にバルボアパークにある日本庭園を手がけたわ。

他にもトローリーをヨーロッパ各地の電車をモデルにして、作り上げたし、このサンディエゴのダウンタウンで初めて高層コンドミニアムを作り上げたのも私の任期中だったわ。」

そうだったんですか、あの日本庭園の中にあるお茶室はとっても僕が好きな空間なんです。

あれを設計した建築家の方にお会いした事があるのですが、あれを作るときにはたくさんの文献を読んで、日本古来のお茶室のルーツについて調査されたらしいです。

でも、彼がおっしゃっていたのは、一度あのお茶室が改築工事がされた時には彼にお声がかからなかったらしいんです。 それで、彼が茶道の哲学歴史から作り出した設計や造りが見る影も無く消えてしまった事にとても残念な思いをされたそうです。

「あら、そうだったの? それは申し訳ない事をしたわね。 私の任期後の事だから事実関係はあまり詳しく知らないけれど、そういうのはね、いろいろと政治的な利権が絡んでいるものなのよ。」

20年前といいえば、日本企業がサンディエゴへどんどん入ってきている時ですね。

「そうよ、今でも覚えているわ。サンディエゴ初の女性メイヤーとしてソニーの誘致計画を進めていた時の事を。。。


日本の文化の中ではまだ、まだ、女性が市長を務めるなんて事は考えられもしなかった事のようね。

誘致に関わる会議の席で初めてソニー側の要人達と顔合わせがあった時の事、

最初は一言も口をきいてくれなくって、15分間もお互いが睨めっこよ。

ソニーの取り巻きの方から ”貴方はこんなところで突っ立って挨拶もしないなんて失礼でしょう? さあはやくあの方にご挨拶しなさい” なんて言われてね、私、”それは失礼しました。” と苦笑いしながら心の中では(???)だったわ。

あの時は本当に参ってしまったわ。」


それはすみませんでした。あの当時の事ですから、まだまだ日本は女性の政治介入とう事に慣れていなかったのでしょうね。でも、創始者の方々は世界最小トランジスタラジオを売り込むために、ヨーロッパ各地の扉をたたいて回り、日本製品に向けられた冷ややかな目線を乗り越えて、自社の商品をあそこまで育てたのだから、きっとそんな様を見たら、不甲斐ないって思うでしょう。


そうね、あのご兄弟(井深さんと盛田さん事だと思う。)は違ったわ。 とっても私に敬意を示してくださって。
丁寧に扱ってくださったわ。 


でもいいところもあるのよね、日本のその階層制度の中には、年長者を敬う習慣がまだ残っているでしょう? 

アメリカは全く逆だもの。日本のまったく反対。」


そうですよね、国民健康保険を作るのにこれほど手こずっているのはまさにその最たるものですよね。

老いたもの、幼く弱いものの面倒を健康な若者がサポートするシステムというのは日本社会ではもう当たり前の事として受け入れられているのに、アメリカではものすごく手こずってますね。


「そうね、この国は年齢優先というより、お金が優先って事なのかな? 

だから、私はメイヤーをやっている頃ね、そんなお金持ちの考え方が嫌で嫌でね、裕福な人たちが開催するパーティーなんかぜんぜん行きたくなかったもの、それよりか、ストリートパーティーへ行った方がまだ何倍も楽しかったわ。

アートがあって、音楽があって、文化があってね。心から満たされる時間が流れるの。

何て言うのかしら、人間の心が満たされるのは、やっぱり物質欲を満たす事では埋まらないのねきっと。







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テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2013/10/10 08:43】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






近所で人が撃たれました。  | アメリカ移住
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アパートの近所で発砲事件がありました。
二人が撃たれて、重傷を負っていました、実は昔義理の弟が暮らしていたアパートに逃げ込んで、
警察が今その周りを囲んでいるのが、僕の家からも見えます。

僕が住んでいるところは決してゲットーでは無く、治安のいい閑静な住宅地なのに、今日はその様相が一変しています。


怖い怖い。。。。。



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テーマ=アメリカ生活 - ジャンル=海外情報

【2013/10/05 13:58】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






オバマケアーの是非にみるアメリカのシェアーの精神  | アメリカ移住
今週は ”Government Shuts Down" がらみのニュースで持ち切りのアメリカ。

国が管理する一部の機関がそのサービスを停止する。

国立公園や国立博物館、国立図書館等等、、、、、

今朝はヨセミテで結婚式を挙げる予定にしていたサンディエゴのカップルがその式を中止せざる終えなくなったというニュースや、今週土曜日に開催予定だったミラマーエアーショー(戦闘機のアクロバット)が中止となったニュースなどが飛び交っている。あのスミソニアン博物館までがクローズ状態で、観光客もさぞつまらないことでしょうが、そこで働いている国家公務員達も年末のイベントを前に、給料明細の目減り具合が心配でしょうがないでしょう。

事の発端は、オバマ大統領が提案して制定しようとしている ”オバマケアー” こと国民健康保険の是非を巡って、国会がその反対派と賛成派の意見がデットヒートしたまま、予算が決議しないからなのです。

小泉首相が日本で総理大臣だった頃、勝ち組、負け組、という言葉が流行り、これからは『格差社会になる!』
等という気風が日本全国に響いていたのを覚えていらっしゃるでしょうか?

アメリカと言う国はもうずっと以前から格差を奨励する方向で動いていて、特にケネディーのお父さんが金融の世界に ”ファーストトラック” という金が金を生む世界を作り出して以降は、それにかなり拍車がかかった。
きっと、日本はずっと労働を伴わない大金も受けを表向きには否認し続けてきたきらいがあったけれど、やっぱり覆いきれないほど労働と賃金のアンバランスは顕著になって来たという事だったのでしょう。

まあ、単純に金持ちがあからさまに稼ぎたいという意思表示をしたということかもしれない。


現在アメリカ国内で争点しなっているのはナショナルヘルスケアー、日本で言う所の国民健康保険です。


世界中の多くの経済大国が当然のように導入しているこの国民の健康を維持するシステムを、アメリカはずっと拒み続けて来ました。 その理由が 

”なぜ、一生懸命働いて儲けている奴が、怠けて貧乏な奴をサポートしなければならない!”


これです。

金持ちは、高級個室管理医療施設に入院し、カトリナ・ハリケーンの惨劇時には真っ先にヘリを飛ばして救助にあたる。下級病院の患者は例え緊急を要するほどの状態の患者でさえ、洪水で水浸しになりながら何度も見送った。

その時アメリカ国民は、人間は命の重さでは無く、お金の重さが優先順位を作り出している事実を目の当たりにした。

このたびのオバマケアーのお金の流れも、選挙に重要な中流階級でしかも若者達の、貧乏人に対する援助の負担が増える事から、国会での政治家たちのパフォーマンスはかなり今後の選挙結果に影響するという事なのでしょう。


しかも、国会の政治家さんたちは国家職員でありながら、今回の国家機関シャットダウンの影響を受けません。やはり下々の国家公務員だけが機能停止期間中の給料カットという苦渋を飲みます。


必要だと分かっていてもイエスと言えないアメリカの貧富3重経済構造。。。。。 超金持ちはただ、ただ、蚊帳の外で笑って眺めているだけ。 大金持ちカテゴリーとは、ここアメリカでは、まるで別世界なのであります。
本来なら一番たくさん税金を払うべき人間が、節税テクを使って、税金逃れ。


さて、さまざまな波乱を巻き起こしているこの ”オバマケアー” 大統領が任期終了までにぜひ、達成しておきたいアメリカ政界の一大事業です。果たして、やり遂げる事ができるのでしょうか?
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【2013/10/04 01:17】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






「共に生きる」という意味  | アメリカ移住
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San Diego Hill Crest Gay Parade 7/13/13

先日とうとう同性愛者の結婚が連邦政府の承認を得て認められました。

今日朝一番のお客様(レズビアン)がそれについて思う事を語ってくれました。

「8年間も待ったのよ〜、13年間も生活を共にしてね。やっと来週の火曜日に念願の結婚届を出す事ができるの。」

それはおめでとうございます。でも、8年間って言うのは何の数字ですか? 

「8年前にね、やっと同性愛者が一緒に生活を共にする事が認められたのよ。Domestic Partnerという形でね。」

「それから2年前に州が同性愛者の結婚を認めた時期がほんの少しの間にあったけど、それがまたひっくり返されちゃったから、私たちは時期を逃しちゃって。でも、今回は連邦が "CIVIL Partner" という形で認めた事だから、アメリカ14州で同性愛者の結婚が合法化されたって事。」

それでも51州の中の14州ですか?

そうなのよ。たとえば私の生まれ故郷のジョージアはもっと保守的でぜったい同性愛者を認知しないのだけど、米軍の基地の中ではそれが合法化されているから、基地内では全ての権利が認められている訳。
でもね、一歩基地の敷地外へ出るとまた迫害を受けるの。」


ヨーロッパ諸国ではかなり一般的に認められている同性愛が人権運動を引っ張ってきたアメリカが遅れを取っているのはどういう事でしょうか?


それは、アメリカでは結婚の事を”マリッジ”と呼んで、宗教的関わりがかなり強いからだと思うの。
だから、なかなか宗教団体の抑圧が収まらないのよね。でも、今回は連邦政府が認めたのだから、まず大丈夫だと思いますよ。

待ちに待ったおめでたいお話だと理解しておりますが、僕には一つだけ質問があります。

「何?」

はい、異性同士の結婚では、結構その事を ”縛り” という風にも感じていて、時にはめんどうがったり、窮屈だったりという場合もあるのですが、世間の体裁的にそういう縛り無しで生活が共にできる自由を捨ててまで、結婚という型にはまった関係を熱望する同性愛者の欲するものってなんなのでしょうか?

私は白血病を煩って集中看護室に入っていたときがあるんですが、そのときパートナーに病室で面倒を見てもらう事ができなかったの。しかもそのときの医療上の重要な決断は家族にだけに告げられて、私のパートナーには伝えられず、判断を下す権利も認められていないの。

もちろん遺産相続についてもおんなじ事よ。

私たちはあなた方異性愛者と同じように長い人生を共に歩く”運命共同体”でありたいだけなのよ。


これで、本当の家族になれるの。 


そう言って、笑顔を絶やさなかった彼女がとっても印象的でした。








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【2013/07/14 09:41】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






前向きに善処します!  | アメリカ移住
アメリカ合衆国税関・国境警備局 のトップを勤めるアランバーシン氏がワシントンDCからサンディエゴに帰郷された際、当店に髪を切りに来ていただきました。

「coolcuts, 今僕は日本政府にかなり手を焼かされてるんだよ。」

ええ、それはまたどのように?

「ああ、ある条約を結ぼうと思っているんだが、どうも日本政府はお茶を濁したような返事しかしなくってね、手を焼かされているんだよ。」


それって、もしかして、

「前向きに善処させていただきます。」

って言うんでしょう?

「ああ、それそれ。あれって、まあ分かっちゃいるけど、外交には無駄な時間ばかりが流れて、どうしようも無いね。こっちは先延ばしになんかできないんだから。 ぐだぐだ引っ張って、はっきりとした返答が帰ってこないからね、もしかしたら君たちの国、日本はビザ無しでアメリカへやってくる権利を無くしてしまうかもしれないよ?」


え? どういう事なんですか?

「日本のマフィア関係の人間がアメリカへやってくるときには必ずアメリカ政府に情報を流してくれるように頼んでいるんだけどね、それにきちっとした回答が無いんだよ。それで、とうとう先日ね、もしそれができないなら、日本国民のビザ無し入国の権利を剥奪する!って言ったのさ。

 で〜も返事が無い。。。。。。。さ〜って、これは本当にやらざる終えないかもしれないな?」

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テーマ=軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル=政治・経済

【2013/06/13 12:14】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






さよならルーベン、テキサス好景気  | アメリカ移住
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さよならルーベン!

以前働いていたデリンジャーで長い間髪を切らせていただいていたチャンネル6CWのルーベン・ガルバーはコミカルなレポートで朝のニュース番組の顔的存在だった。しかし、このたびCWを辞職する事になった。 その最後の放送では、これまた、現アンカーのリンダ・ストゥワートや最近赤ちゃんが生まれて休業中の元アンカーのヘザー・マイヤー、にCWで働く傍らダンススタジオを経営するお天気お姉さんは日系ハーフのキミ・エヴァンズ。 と、これまた以前カットをさせていただいていた懐かしい顔が勢揃い。

 7年前、僕は大きな賭けをしたんだ! 自分の夢を叶えるためにね。 姉がテキサスを離れて、サンディエゴにやってきたときに、僕はテキサスを離れ、姉が暮らすサンディエゴにやってきた。

そして、姉のアパートに居座って、次の朝、

「サンディエゴで一番新しいショッピングモールはどこだい?」

それでファッションバリーモールにやって来た。

その街頭に立ち、テレビ局のクルーを見つけると、自分で作成しておいたデモテープを手渡して、「採用してほしい!」と願い出たんだ。 めいいっぱいのパフォーマンスをしながらね。

きっと面白いやつだって思ったんだろうね、二三日の後にはもうチャンネル6で働く事が決まったのさ。

今回はまた、一つ上のステップを目指しての門出なんだ。 みんなにも祝ってほしい。念願だったブルーインパルスのアクロバット飛行も実現できたし、しばらくテキサスへ帰ってゆっくりしてから、次の事を考えるよ。

長い事ブルーインパルスと一緒に飛びたいって思っていたけど、ほんとうに実現したんだ!


僕はね、心の底からWillパワーってのを信じているんだ!


そんな、朝のチャンネル6で見た後で、その日がサンディエゴ最後のお客様を担当した。


テキサスへ行くの。 民主等の政権下では軍事費が真っ先に削減されるから、軍関連産業が著しく衰退してね、私の旦那さんは今長い事失業中で生活が成り立たないのよ。

軍事産業関連者だけじゃなくて、ミリタリーの家庭が多いサンディエゴでは共和党を指示する人が多くてね、早く政権交代がなされるを待ちわびいたのよ。

でも、今回も民主党からオバマ大統領が再選したから、サンディエゴの景気回復もまた4年伸びてしまったわね。

と、いう事でテキサスへ移り住む事にしたの。


「サンディエゴの景気に政権交代が絡んでいるなんて全然知りませんでしたよ。そういえば僕の知り合いの女の子も旦那さんがサンディエゴで仕事が見つからないのでテキサスへ引っ越すと言ってました。
。。。。と、言う事は、あの住宅バブルも実は共和党政権の下で起こった現象なのかも知れませんね。」


それはあると思うわ、だって、サンディエゴにはかなりたくさんのミリタリー関係者が暮らしているんですもの。
アメリカで二番目に大きい海軍基地がある都市なのよ。

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と、言う事で、本日はテキサス好景気の原因を探ってみました。

表向きに言われているのは、ペリー州知事のローTAX、 規制緩和 が成功したという事になっていますが、


ここで忘れてはならないのは石油価格高騰。 


2008年バレル価格$92.97 だった石油価格は2011年6月 には 1バレル$96.26 a barrel, 2008年のピーク時には$134.02まで高騰したという記録があります。

公務員職の増加

 それで潤ったテキサス州には、は9/11依頼、軍事費を増やし続けたアメリカの国内政策において、特にテキサスの2大アーミー基地 Fort Bliss とFort Hoodの基地へ大幅な増員が行われた。

このオイル&軍事好景気のおかげで、マイホームのフォークロージャーパーセンテージが多くの都市に比較すると半分におさえられている事も現在の好景気に貢献している。

メキシコをはじめラテンアメリカ諸国からの移民が多いテキサスでは、安い賃金で人を雇えるので、経済が潤いやすいというのも、もう一つの理由らしい。



それからは、もう、若い働き盛りの人が職を求めて移動してくるから、消費人口が増えてまた景気にいい影響を与えるという好循環。(これはベビーブーマー景気現象と似ている)


石油の価格が景気の鍵を握っているとは?

電気自動車に全ての自動車が切り替わったら、いったいどこの州が好景気になるのでしょうか?

さようならルーベン! 君がいなくなったら、朝のニュース番組でだれが僕らを笑わせてくれるのでしょうか?

サンディエゴも笑っていたいのだ!!


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【2013/06/01 07:47】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






4000キロを超えて  | アメリカ移住
あれは私がまだ17歳の頃の事、母親とウイーンからイタリアへ向かう飛行機に乗ったの。

母と私は通路を隔てて座り、私は三つ並んだシートの通路側の端だったわ。

そこへ、座って乗客が全て乗り込むまでの時間を少しイライラしながら過ごしていると、突然通路に今まで見た事も無い美しい女性が立っていた。黒く柔らかい素材のドレスを来ていて、エレガントな帽子を浅めにかぶったその女性のスカートの裾が、風もないのにヒラヒラと揺れていのに見入った後、彼女の青く透き通る目を盗み見ようと必死だった。

ああ、あの女性が私の隣に座ってくれたらいいのに・・・・

そしたら彼女、私の目の前で止まって、『エクスキューズミー』って、私の足下を通り抜けて窓際の席へ。

彼女の後を突いて来た男性がわたしの間となりに、

どうやら、その女性の旦那様のようでした。

彼女が隣に座らなかった事を残念に思っていた私は、それでも彼女に興味津々で。。。

『いったい彼女はチキンをオーダーするのかな? それともミートかしら?』

なんて考えていると、私と同じチキンをオーダーした偶然にちょっと喜んでみたりして・・・・

もう一度心の中で、『ああ、あの女性に隣に座ってほしい。』

しばらくしてトイレに立ち去った彼女がまた席に着く頃には、男性が窓際に座って私の隣に彼女がすわったの。

彼女に軽く会釈をすると彼女はその美しい瞳を私の方へまっすぐ向けて、美しい旋律で話し始めたの。。。

何をはなしたのかしら? 美しい音楽のような彼女の話は、ただ、ただ、私の耳の中に旋律を響かせながら、美しい夢のような時間が続いたわ。

私はそれまで私と同じ女性にそんな気持ちを持った事なんて無かった。

私には彼がいたし、私自信その時の彼女に対する感情に戸惑っていたの。

しばらくして映画を見始めた私たちは、まるでその映画のストーリーラインなんて頭の中に入ってこないようだったわ。ずーっと彼女が握り返してくる手の感触に心を捕われて、思考が全く働かない様子だった。

イタリアに到着した私たちは、彼女の勧めで一緒に食事をする事にしたの。

私たちはまるで周囲に誰もいないみたいに二人きりの世界を作り上げて話し続けたわ。

そして、彼女がこう言ったの。

『私たちウイーンへ帰る飛行機にも一緒に乗りましょうよ』って。


帰りの飛行機の機中で、

私が音楽を聞いていた時、彼女もヘッドホンをしていたから、彼女いったいどのチャンネルを聞いてるのか知りたくなってね。それでチャンネルのデジタル表示を盗み見ると、私とおんなじチャンネル3だった。

それで私がチャンネル1にスイッチすると、まさか? と思って彼女のチャンネルを見ると ”1” と表示されていた。5に変えると ”5”。

『もうこれは偶然じゃないわ!』

ウイーンに帰って来た私たちは、後日会食をする約束をして、再会したの。

彼女は子供達を旦那さんに預けて、私たちを二人きりにするように促したの。

それから、彼女は私の手を握ったまま、私の瞳を見つめ続けた。彼女の声は頭の中でフルートの音色のようだったわ。

その後私と母はアメリカへ帰って来たの。

16年間。。。。。。

欠かさずおはよう、お休みなさい。。。。って メールで話し続けた。

時には私のボーイフレンドの話や、ガールフレンドの話もした。

長い年月を経て、私は自分がバイセクシャルだと言う事をとっくの昔に気づいていたの。

解らないの、彼女はあくまでも彼女の旦那さん以外と関係を持った事が無いし、彼女が私と肉体的な関係を持つ事も考えられないというの。

だったら、なぜ? 彼女は私にあんなに美しい、愛の言葉を投げかけてくるのかしら?

解らないの・・・・・彼女の旦那様は、『彼と彼女の間に私の存在が欠かせない』って言ってるって。

彼女は私にウイーンで暮らすように勧めるのだけれど、

私は『その先はどうなるの?』って、疑問を投げかけずにはいられないのよ。

4000キロもはなれた遠隔の地から彼女が送り続けるメッセージは、いったい私の人生の中でどのような意味を持っているのでしょう?

添い遂げる可能性が無いなら、ここアメリカで好きな人を見つけて一緒になった方がよっぽどいいって風にも思うのよ。

『もし、ここで誰かを見つけて結婚するとしたら、それは男性なのかい? それとも女性なの?』

それは解らないわ?

『じゃあ、子供を産みたいって思ってる?』

ええ、もちろんよ、私にもその願望はあるわ。

でも、それだけの事ならいろいろな方法があるでしょう?

大切な事は、私が誰か一生涯をともに過ごしても良いという人を見つけるって言う事。

それが何よりも大切な事なの。 だって、私は男性にも女性にも魅力を感じる事ができるんだから。。。。。

『もっと人間性そのものなのかな? 君にとっては。』

そうかもね。。。。。



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【2013/04/25 11:49】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






イラク戦争の日記  | アメリカ移住
イラク戦争に行った経験を持つお友達のアリスと食事をしました。

私は救急隊の護衛や、実際に介護の任務にあたっていたのよ。

来るひも来るひも、手や足がブラブラ繋がっているいるだけの兵士が運び込まれてくるのを見て過ごしたのよ。

貴方死体って今までに何度見た事あるかしら?

私はもう数える事も無くなってしまったわ。

誰一人信じられる者はいなかった。

ハイ、ご機嫌いかが? って話をして、その後の会話を続けると、それがどのように使われて、私に対してアタックしてくるものなのか解らないからね。

ミリタリーのような閉鎖された環境では、本当にいろいろな信じがたい事も行われていた。

その中で信じられるのは私自身だけ。

いつしか、建物の外の爆風の音も何もかもまるで、日常の何でも無い汽車が通過する音のような、そんな風に感覚が麻痺して来た頃。

天空から神が降りて来て、私に乗り移ったような感覚を覚えて、ペンを握ったの。

『生きている意味』『戦争とは?』

そんな事に悟りを得たときにに、毎日の日記に書き留める世界が変化して行ったの。

私には窓の外で起こっている殺戮など、ただの雑音でしかなかった。

『戦争は、貴方の中にあるのよ。あたし達一人一人の心の中にね。』

戦争に行った事の無い僕には、想像もつかない事なんだろうねきっと。 でも、なぜミリタリーに入ろうって考えたの?


『父親との良き関係を保つためよ。』

『え?』

私の父は元軍人で、私が大学へ行く事へ協力的では無かったの。

私が大学へ行きたいって言うと、全ての生活の援助を断ってしまって、私はミリタリーへ入隊する道しか残されていなかったの。

ミリタリーでの生活はとっても過酷なものだったからね、それは父親を恨んだわ。

今はもう、仲直りしたの?

『イラクから帰って来たときにはもう、妹の交通事故死を知るに至っていたの。父親にぶちまけたい事と、両親が失った娘への悲しみとを比べると、やっぱり彼をそっとしておいてあげよう、という風に私の気持ちがシフトしたのね。だって、私はあの飛び交う弾丸の中で生き抜いたんだもの。』


それはそうだね、方や戦争を生き抜いてもう一人は平和の世の中で命を散らさなければならなかった。


そのコントラストが君の心に与えた影響は本当に大きいだろうね。

私は、この経験をぜひとも一冊の本にしようと思っているの。

でもね、それはアメリカのミリタリー内の問題を投げかける事になるから、私の身の安全を確保する事がまず第一にしなければならない事なの。

偽名を使うとか、完全にノンフィクションとして書くかね?


全部本当の事でも?

そう、全部本当の事でも。

そうでないと軍隊のイメージをかなり悪くしてしまいかねないから。

そうだとしても、君の経験は人々に何らかの生きる意味を気づかせるだろうと思うよ。

あの日記を読むたびにこみ上げてくる感情を押さえながら、少しづつ作業を進めてるのよ。

がんばって出版してくださいね。


『うん』

あ、ボストンマラソンの会場で、今日爆弾テロがあったんだって。

え? それ本当?

ええ、今お母さんがそう連絡して来たの。

こうやって続いて行くのかな?

きっとそうね・・・・・・・・
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【2013/04/16 15:31】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






あなたのDNA調べます?  | アメリカ移住
いや〜、忙しいですね〜。。。。

オーナー技術者というのは、今までやっていた事と輪をかけて、いろいろな雑用や数字の管理、小さい事から大きな事まで、沢山たくさんお仕事があるものです。

って、言っても、がんばってこのブログは書き続けますからね〜。 

これからも、よろしくお願いします。

さて、このたび、僕の美容院 b:b meme の半名付け親、『meme』について教えてくれたサンドロ君が来店してくれました。

memeを紹介してくださってありがとうございます。 貴方が僕の美容院の名付け親みたいなものですよ!

いや、それはお恥ずかしい、ちょっとしたトリビアをお話ししたに過ぎないのですが・・・・

でもね、あれからすっごく遺伝子の事について興味が湧いてしまって、とうとう新しい事業を起こす事になったんですよ。

また、何か始められるんですか?

そう。今回はね、『貴方のDNA 調べます!』っていうサービス。


そうですか、それはいったいどういうサービスなんですか?

インターネット上でね申し込んでたいただくんですが、唾液を袋に入れて送ってもらって、それを契約しているDNAリサーチャーに鑑定してもらうんです。

それでね、顧客のDNAタイプを数値やグラフ化、それから特性を書き出してお知らせするんです。


最近ではこのDNA鑑定というのが、がかなりお手頃になったんで目を付けてたんですよ。


それってファミリーツリーみたいなものですか? 『貴方の祖先が解る!』 とかって?


いや〜、もっと実用的な事だよ。

一例を挙げるとね、ダイエット。


DNA をきちんと調べると、人によっては脂肪分を接種しないと太っちゃうという人がまれにいたりするんです。

でも、その人が何も知らないでいると、どんどん脂肪分を摂取しないというのが、通常のダイエット方法でしょ?

このDNA鑑定サービスはそういった、彼らの体質をDNAの内容から調査する事で、そう言った体質のコントロールを、もっとピンポイントで行う事を目的としているんだよ。


もちろん、なり易い病気や、それを予防する方法だって知る事ができるんだよ。


へ〜、それはすごいサービスですね。
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【2013/04/13 07:52】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






Mia  | アメリカ移住
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今まで勤めていた Deringer の弁護士から手紙が届いて、お客様にコンタクトを取ると訴訟を起こすという内容だった。

Miaは日本人とドイツ人の混血。インターネットで一生懸命僕の事を探してくれて、Yelpのレヴューを見つけて連絡をして来てくれた。

しばらくの間切ってなくって、すごく長くなっていた髪を、花咲く春の気分を感じてか、バッサリ切りたいと言って来た。

で、思いっきりいっちゃいました。

お客様がいるから、髪が切れるから心が和む。。。。。。。。


Mia のスプリングショートボブは b:b meme の春の気分を表現しました。
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【2013/03/16 00:31】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






Super Bowl はアメリカ生活の登竜門  | アメリカ移住


今年もスーパーボースが華やかに開催されました。
今回の見物だったのは、史場初の兄弟コーチ対決!

Baltimore Ravens のコーチ  John Harbaugh  San Francisco 49ers no
コーチ  Jim Harbaugh は実の兄弟なのです。(今まで親子対決はあった)

Jimは特にUSD (University of San Diego)でコーチをしていた事からサンディエガンにかなり注目されていた。
でも、やっぱりフットボール好きのサンディエガンが応援しているのは、同じカリフォルニアのチーム49ers.

Alicia Key の歌う美しいアメリカ国家で幕を開けた。

いやー接戦でした。

フットボールに全く知識を持たなかった僕が、もう丸7年もこうやってスーパーボールを見続けているとだんだんその興奮も伝わって来て、南北戦争の陣地争いをモチーフに作り出され、積み上げられて来たフットボールの歴史を、少しずつでも体感し始めているような気がします。

そんなこんなで、このスーパーボールというのはただのスポーツイベントに留まらず、アメリカ合衆国が作り上げられて来た歴史を毎年のように懐古する、言わば、日本で言う天皇誕生日のような、国民のルーツに敬意を示すイベントなのだろうという風にcoolcutsは思っています。

だから、移民して来て間もない時、フットボールについて何も解らなかった時分には、テレビを囲む群衆の中から確実に浮いてしまっていた僕も、だんだんものすごくエキサイトして試合を観るようになりました。

で、どうなるかというと、お隣に座っている人も遠くにいる人も、みんな気持ちが一つになった和の中にいて、確実に僕もそこに溶け込んでいました。


SUCK IT !!!! STOP HIM !!!!! TOUCH DOWN !!!!!


様々な叫び声が上がる中、気持ちを一つにして僕も叫んでいる様は、きっと昭和初期の力道山を試合を白黒テレビで囲んでいた日本人の『空手チョップや!』ってのとおんなじなんだろうな〜って思う。


だから、今回の題名『Super Bowl はアメリカ生活の登竜門』というのを思いつきました。

フットボールを理解する事は、アメリカの歴史と、ヨーロッパ伝来では無いスポーツを理解するという事で。これこそアメリカ国民として崇拝するべきスポーツという伝統的な相互理解から、スーパーボールを一緒に観て興奮する言う行為は、よそ者と仲間のボーダーラインを分ける内容でもあります。


イニシエーション(登竜門)というのはこのスポーツだけに留まらず、普通の日々の生活にも、アメリカという国は認められるまで頑張らなければならない領域という事が確実にあります。

僕のような移民というのは、絶えずそういったイニシエーションの洗礼を受けながら認められる事で、社会での自分のスタンスを築いて行きます。

だから、アメリカの生活をうまく切り抜けて行くというコツは、与えられた登竜門に対して、認められるまでやり抜くというその姿勢なのだろうと思います。

以前このブログでも書いた、ジャパニーズアメリカンに対する第二次世界大戦中の差別問題にしても、イタリア人に対する差別問題、アイルランド人にたいするそれも、言ってみれば。 未開の土地にやって来た先人達が、岩を起こし、森を切り開き、砂漠を潤わせたその努力を彼らが受けたイニシエーションだったという考えに基づいて、きっとそれ同等までには行かないが、後から入って来た人間に与えられた登竜門なのだと思います。

僕個人もだんだんとやって来た事が他人様に認められるにつけ、やはり日本人が持っている

”なにくそ根性”

というものの尊さを改めて感じ、ワンプカプカや442部隊の日本民族のアメリカでの地位獲得の為に命をかけて戦って下さった、その苦労を思い浮かべながら、coolcutsは時分なりの Super Bowl 観戦の境地に至っているのであります。


残念ながら49ers はたったのワンタッチダウン差で負けてしまいましたが、今年1年もしっかりと戦って行こう!という気持ちにさせられる一大イベントでした。

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【2013/02/04 16:49】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






行く年来る年  | アメリカ移住
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いやー早いものでいっきに2012年を駆け巡り、いよいよ明日から2013年。

今年は、年始開始してから出店の計画を開始して、色々と調査や何やらで奮闘した1年でした。

まあ、結局計画はもうちょっと先延ばしになってしまいましたが、一生懸命やってると色々な助けや

本当に解り合え、気にかけてくれる人が見えて来たりもします。

それはただ自分を利用しようとしている人に傷つきながら得て行く信頼関係だから、痛みも伴います。

そんな、『人を知る』1年だったような気がします。


僕は今、僕の一生涯で一番前向きに生きれていると思います。

特に、まるっきり解らない所から出店計画を進め、今、何が可能で、何が不可能なのか? どういうプロセスでどんな準備が必要なのか? それが解るにつれ、暗闇の中でただふわふわとバラバラに浮かんでいた、到達地点への石段が徐々に頂上めがけて繋がって来ました。

アメリカに越して来て、何もかも失ったと思っていた所から、固い絆で結ばれる友人との絆が構築しつつもあります。

家族の繋がりも、色々な試練を一緒に乗り越えて行く事で深くなって行くものだと言う事も実感しました。

交友関係もアメリカ人の中に囲まれても自然に立ち振る舞いができるようにもなりました。

構えないで、自然体でいられる仲間が段々増えて来たから。今年はお客様にプライベートで呼ばれるシーンも沢山ありました。本当に有り難い事です。

今年は仕事の面も充実してました。サロンの個人売り上げは所属しているお店の他店の低迷にも関わらず、自信はずっと右肩上がり。全店トップの客数をずっと維持できました。それから、ヘアービデオ作成チーム、でSASSOONのビデオ監修も手がける『JOSH XO』のヘアービデオプロジェクトにも参加して、自分の仕事がビジュアルで視れる喜びを実感しました。


年明け早々、僕たちの仕事環境に大きな変化があります。

その変化はきっと僕に重大な決意をさせるものとなるでしょう。

でも、それは僕自身、次なるプロセスへの1ステップと捉えて挑む決意です。


coolcutsの『アメリカ移住スケッチBOOK』をこれからもよろしくお願いいたします。

では、皆様も良いお年をお迎えください。





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【2013/01/01 01:51】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






打ち出の小槌  | アメリカ移住
シンディーのオヤジがカジノへ行った。

そして、ビッグプライズのくじを引く順番待ちで列に並んでいた。

オヤジは列の最後尾から二列目に位置していた。

そしてら、彼の後ろに並んでいたおばはんが、すぅ〜っと手を伸ばして来て。

くじを配っている奇麗なねえちゃんから、オヤジの番のくじを取り上げた。

『おい、おい、それはわしのくじだよ! こっちへ渡してくれ。』

そう言ってもおばはんはいっこうにひるまず、さっさとそのくじを抜き取った。

『最後のくじなんか縁起がわるうて受け取れるかいな』

そういって、威嚇するおばはんに、渋々オヤジは最後の封筒を手に取りその場を納める事にした。


が、事もあろうにそのおばはん、オヤジの目の前でくじを開いた。


『$1000!』


おばはん、大喜び。 で、おやじはカンカン。 

あの$1000はわしの金だったのにぃ〜。。。。


笑顔満々でおばはんは立ち去った。


なんともあわれな敗北感を味わいながら、シンディーのオヤジは自分のくじを開いた。

目の前に藻くずと消えた$1000を思いながら・・・・・・・



B 。。

M、W ?



なんやぁ、それっつ?

B、M、W。。。。

ふは〜っ。。。。

$1000。。。。わしのもんやったのにぃ〜。



一緒に来ていた友人にさっきの腹立たしいいきさつを、吐き出すように話終えたシンディーのおやじ。


『んで、何だったの? あんたのプライズ?』

なんや〜、B、M、W やって書いてあったけど?


あんた、そりゃ〜$1000もらうよりずっとええやん!!!

『ほ〜かいの?』


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【2012/11/26 20:40】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






Thanks Giving day 2012  | アメリカ移住
Turkey05.jpg

今年も感謝祭がやってまいりました。

思い起こせば7年前の冬の日。

僕はアメリカに来て初めての感謝祭を迎えました。

その意味も解らず。

皆がこの日を心待ちにして、あちこちから友達、親戚が集まって来る。

その ”心” も解らず。

ただただ、つぎから次へと義理の弟の家に集まって来る人々の中に埋もれていました。

右を見ても、左を見ても、全く知らない人達。

笑顔まんまんで全ての人に挨拶をして話しかける妻を、隣にいても全く知らない人のように感じはじめていました。
不思議な気分でした。 僕がたった一人、この群衆の中にいる事が・・・・・。

妻は、日本にいた時、僕とおんなじ気持ちだったのかな?



そして7年後。。。。




サンクスギヴィングデーの見知らぬ群衆は『家族』になりました。

子供に何度も、『おばあちゃんに買って欲しいのはiPod じゃ無くてiPadだよね?』と聞き直す母親。

『違うよiPodだよ!』『iPodならもう持ってるじゃない? iPadでしょ?』『新しいバージョン』

この会話の中から今、この子のお婆ちゃんが何を思っているかが解ってしまっている僕。


それぞれの家族の間柄も結構、情報がインプットされている。

だから、そばで笑ってる。

笑ってて、それを悟られても全然怒られないってのも解ってる。

多分冗談で

『ステイシー、本当は君がiPad 欲しいんでしょう?』

なんて言ってみようかな? なんて意地悪に思ってる。


中国人の家族がいる。

『どこでつながってるの?』 みたいな感覚で眺めていた次期があった。

彼はいつも小さな一眼レフを首に欠けて写真を撮るのが好き。

そして彼の母親は料理がとっても上手だから、毎回妻と料理の話をしている。

その旦那はシャイなのに、一生懸命皆に混じろうとして、へんな質問をする。

ブラックフライデーのセールの広告を広げて見ている僕たちに

『あんたたちはまた沢山お金を使う事ばかり考えてるんだね?』

その数分後、彼はそのテーブルの椅子を一つを占拠してしまった。。。。


挨拶では手をしっかり握って、信頼関係を表現するけどその時以外は、まるで僕と話をしようとしない男とか、

バタフライのように、グループからグループを飛び回ってケラケラ笑っているのは、遠くから来た親戚。

あまりにも注意散漫なので、スライディング式の網戸を突き抜けてしまった。


到着早々僕は、お決まりのように、ここの家の主である義理の弟にすすめられてたビールを一本開け、テーブルに座って飲んでいる。

この男が僕の隣に座って酔っぱらいながら話をする日が来るのはあと何年かかるのかな?

なんて思いながら、たまにヒラヒラと飛んで来る娘の頭をなでてやる。



相変わらず妻は僕の隣に座ってる。。。。毎年、毎年、同じ義理の妹夫婦の目の前で。

この2005年のターキーを食べた家を持っていた彼らの目の前で。


今はその家は誰か他の人の物。


でも、彼らには家族がいる。


僕たちにも目の前に座っている彼らがいる。


隣に座る妻がいる。


庭をかけずり回りながらも、いつも視界のどこかに娘がいる。

サンディエゴの秋空の下で、

幸せはこのつながりの中にあると実感した。

次の日、この幸せをくれた妻に感謝のメールを打ってみた。


そしたら、『またなんか買いたいんでしょう?』と返事が返って来た。


この人にはかなわない。。。。。


Happy Thanks Giving Day!


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【2012/11/25 00:27】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






オバマ大統領再選  | アメリカ移住


本日行われた大統領選挙にて、オバマ大統領が再選しました。

やっぱりうれしいですね〜

いつか、女性大統領。 もしくわアジア人大統領が登場するのを密かに夢見るcoolcutsですが。

これはやはりその大きな2ステップ目という事ではないでしょうか?

オバマ大統領おめでとうございます!

後はしっかり国民の期待に応えてやってくださいね!

しかし、やはり
一国のリーダーを選挙で選べる気分はなかなかいいですね・・・・・

日本も総理大臣選挙制なんてできないかな?
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【2012/11/07 17:17】   トラックバック(0) | コメント(1) | Top↑






Halloween 2012  | アメリカ移住
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【2012/11/02 14:32】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






離婚率50%のアメリカで注意すべき質問!?  | アメリカ移住
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『そう言えば娘さんお元気ですか? ほら、ご結婚された。』

私が入って来た時の顔を見たでしょ? 娘が死んだのよ。

一年目の結婚記念日に。

あの結婚は失敗だったのよ!

そう言って涙目になった彼女に、申し訳無さそうにしていると・・・・

いいのよ、だってこんな事になってるなんて思わないものね。

まだ2週間。。。。。。。。。。

今は出来るだけ考えないようにするのが精一杯だわ。。。。。




そして、次の日。。。。。。

新婚一年目のお客様がいらっしゃいました。

いらっしゃい!

お元気ですか?、、、、、、、


次の週にハワイへ行くのよ。

それはいいですね、旦那さんもご一緒に?

いえ、ただの仕事よ。

そうですか、それじゃあ、旦那様お寂しいでしょうね?


あ、私たち別れたのよ。。。。。。




。。。。。。。。。



『あっ、ごめんなさい。』

いいのよ、よくある事だから。


『またやっちゃったぁ。。。。

      昨日もね、ご結婚された娘さんのお話をしたら、2週間前に亡くなられたって。。。


どうもタイミングが悪いんですよね〜 僕って。。。』




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【2012/10/20 14:51】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






44歳の誕生日はYosemiteで  | アメリカ移住
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Yosemite国立公園のGlacier Point へ抜ける気が遠くなるほど長いトンネルを抜けると、Half Domeが見渡せる展望丘へたどり着く。 この景観がとても絶景だ。


もう20年も前の話、

当時働いていた日本の美容院の店長が、遅刻して来ても反省の色が無い僕にこう怒鳴った!

『お前きんたまついとんかぁあ~~!!!』

モッズが好きで、当時三店舗あった美容院の中でただ一人、写真撮影や、サッスーンのカットコンテストへ出場して、売り上げはダントツだった。

とっても尊敬していたその先輩が、ショックだった。


今考えれば当然の話なのだけど。

僕は当時手荒れで曲がらない指に悩まされ、それでパーマのロッドを巻くテストがなかなか合格しなかった。

気がついたら同期はおろか、後輩にまで追い越されて。

後輩が子供のワンレングスカットをしている姿をシャンプー台から眺めて悔しい思いをかみ締めていた。


たぶん自分の置かれた状況を受け入れられず、卑屈になっていたんだと思う。



渡米をしてからの3年は結構貧困生活だった。

一年目で貯金を食いつぶし、2年目は美容師試験の合格に向けて切磋琢磨して、

3年目は就職した美容院でまたアシスタントからの再出発。

最低賃金で家族を養う。。。。。。


共働きの奥さんにも頭が上がらなかった。


いつも生活はギリギリで、チェックがバウンスする事もしばしばあった。


それぞれの時でそれぞれの危機があり、そのたびにあの怒鳴り声が頭の中で聞こえてきた。


『お前、きんたまついとんかぁあ!?』


美容師試験の一ヶ月前に試験日の通達と試験内容をはじめて知って、絶望感に駆られた時も、

今のお店を3回もクビになりかけて、その都度路頭に迷う家族の姿を思ったときもその声は聞こえてきた。



あれから20年。


見知らぬ土地にやってきて、自動車免許の取り直し、スーパーでの買い物の仕方、郵便局の使い方、

今まで普通に出来ていた事が、まるで小学生に戻ったように出来ないでいる歯がゆさ。


そのたびに、『きんたまぁあ! きんたまぁあ!』って。。。。


変なものですね、あれほど侮辱的な言葉が今

苦しいときに僕を勇気付けてくれる。。。。。。


かの先輩は、今でも時々様子伺いのメールを送って来てくださいます。

創業以来僕ほど手がかかった従業員はいなかっただろうから、お世話をかけたのはその先輩だけでは無いけど。

あの言葉はかなり強烈で印象に残るものでした。


今年は、いよいよこのアメリカで、サンディエゴの地で

自分のお店を出店する事になりました。


そんな事を知る由も無いその先輩が、久しぶりに様子伺いのメールを送って来てくれました。


『おかげさまで、出店をする運びとなりました・・・・・』



と告げると、一冊の本を紹介してくださいました。


『小さな美容院が大きな美容院に勝つための5つの方法。』

これはほんとうに小さな美容院を今から開こうとしている僕にとって理想的な考えが書いた本でした。


そして今年の誕生日はYosemite国立公園で迎えました。

トンネルビューの上に立ち、ハーフドームを目の当たりにした。


大自然を体いっぱいに感じながら、これから先のプロジェクトに思いを馳せた。



『きんたまついてますよ~! 先輩!』

と、展望丘から叫ぼうかな? っと思ったがやめといた。


いつかそんな言葉を従業員に吐けるぐらいの信頼関係が自分のお店の従業員と築けたらいいな、と思います。

もちろんアメリカではタブーですが・・・・・


日本で修行して本当に良かったって思います。


何度も何度も通り抜けて来た、長い長いトンネル。

今、その僕の目の前に広がろうとする新たなる世界!。

がんばるぞぉおおお! coolcuts 44才!




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テーマ=*小さな幸せ・・ - ジャンル=ライフ

【2012/07/06 14:09】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






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