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仕事は8分までで良い  | 竜馬に学ぶ
大政奉還という大仕事を成し遂げた竜馬は、さっそく奥村陽之助と戸田雅楽階下の離れ屋敷にさそい、そこで筆硯を用意させた。


『新官制を作らねばならぬ・・・・・』


その主眼は、議会制度と富国強兵にあり、思想としては人民平等というところにある。


それが直ちに政体として実現出きるものでは無い


その理想政体へ到達するための暫定的な政体をまず作る必要があった。




関白(首相)一人 議奏(衆議院) 若千人 参議(参議院) 若千人



新政体の草案が出来上がった翌朝、竜馬は奥村にこう言った・・・・・・



『俺はこれで引っ込む』

奥村は思わず『冗談では無い!』と大声で言ってしまった。

竜馬こそが、薩長連合を遂げ、大政奉還を演じ、今新官制案を作った。当然主流の座に座るべき存在ではないか!

大政奉還を成し遂げた自分と後藤に対して、岩倉、西郷、大久保、の武力討幕派の志士が反対勢力をつくりあげるだろう。

政権は誕生早々から二派に分かれてしまい相剋し、ついには瓦解してしまうかもしれない。


竜馬にはそのことがわかっていた。

だからそうなる前に西郷らに譲ってしまおうと考えたのだ。



 『仕事というのは、全部をやってはいけない。

八分まででいい。

八分までが困難の道である。

あとの二分はたれでも出来る。

その二分は人にやらせて完成の功を譲ってしまう。

それで無ければ大事業というものは出来ない』




結局世の中は、手柄の奪い合いで体制が崩れる事って多いですからね~

この彼の生き方を教訓にして、本筋を固めて行ける事って多々ありますね。

小さい単位でいえば家族、いつも夫婦が互いに互いに手柄を譲りあい

会社でも、国家でも、同じ事が言えるのではないでしょうか?
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【2007/03/06 13:13】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






究極の和解案  | 竜馬に学ぶ
土佐の参政後藤と亀山社中の坂本竜馬

この宿敵二人が手を結ぶという場面においても


互いに相容れない部分に目をつぶって物事が進められた・・・・・

土佐の容堂公が持つ表向きは勤王派、心の中は左幕派という考えも土佐ならではのグレー政治だった。


互いの利害関係が一致する部分で繋がりあって、二者選択を決定付けない。


いわば現在の日本のあり方と同じく、世の中に異論や複数派を認めた考え方という事になるのですが。


当時は幕府側に就くか? 討幕派に就くか?


そんな白黒をはっきりつける事を求められた情勢下でした。


竜馬ははじめ薩長土の兵力を最新式のライフル銃で武装し、京に一時的に滞在する討幕派の兵力を増強する一方

幕府や薩長土の要人達に列強の植民地政策について説き続け

フランスが幕府に肩入れをして、イギリスが討幕派の武器調達の供給源という風に列強の存在が大きくなればなるほど、日本が内乱で二つに割れている時に諸外国の植民地化が進む事が確実という事を一部の知識人がイメージし始めた。


日本を列強の侵略から救うには、徳川も薩長土も内乱を避けながらうまく手を結ぶという解決策が望まれるようになり


以前勝海舟から聞いた妙案


大政奉還を行使するタイミングがやってきた事を悟った。



幕府はもし万が一薩長土に負かされたときにお家取り潰しになる事を恐れ、もし勝利してもフランスへの多額な負債によって、植民地化が進む事は間違いない事実だった。


長州は今回勃発しようとしている戦に勝たなければ全ての権利が剥奪されたままだし、負ければもう二度と再生しないだろうと言うほど財政が困窮している。


薩摩の目的はあくまでも長州と土佐と組んで幕府を倒し薩摩藩が政権を握る事にあったが、イギリスがどれだけの脅威かは知り尽くしている。


土佐藩は容堂の二枚舌であくまでも中立を保ち続けて来たが、政局がどちらかを選択せざる終えなくさせた。 この幕府、討幕の間にもまれ苦しみ続ける毎日が続いていた。




この利害関係を全てにおいてうまくまとめるのは


どちらの立つ瀬も守りながら行う戦無き革命『大政奉還』だった。


白黒はっきりつけずに進めながら、結局は日本を救ったものすごい妙案だった事は確かです。


だけど、どうもこのときの大政奉還の大成功が日本の政治に与えた影響は必ずしも良いものばかりでは無かったような気がするのは僕だけでしょうか?





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【2007/01/09 04:07】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






死体ほど役に立たずなものはない  | 竜馬に学ぶ
2度も土佐藩を脱藩して、故郷との縁を完全に断ち切ったはずの竜馬だったが、切羽詰る亀山社中の経営に竜馬は土佐藩と再び縁組をする事を決意する。

薩長に加え、土佐藩を亀山社中の大株主に組み入れた竜馬は会社の名前を海援隊と変名した。




土佐の参政、後藤が長崎に現れたとき、武市半平太(竜馬の親友で勤王討幕家)の仇だったため社中の連中が『後藤を切る!』と騒いだが、、、、竜馬は、


『それはそれ天下の大事は大事。 人間の死体ほど役立たずなものはないからな。』

と言ってたしなめた。


案の定、後藤を仲間に引き入れたとたんに、薩長土の間柄が急速に親密になっていき、やがて大きく時代が動き始めた。



権力に対して罪悪あればお家の誇りのために自らの腹を切って謝罪する。 

『腹きり文化』

国内の民ならず、外国人も武士の誇りを傷つけた場合切ることを許される

『切捨て御免』


武士道とは死ぬることと悟りたり


と、三島由紀夫がその著書で書いているように当時の武士道と言うのは、死ぬ覚悟ですべての物事が行われた反面、人の死というものを軽んじる文化がそこに存在した。

そんな中、恨み、仇、よりも実利を説き、昨日の仇を今日の味方にしてしまう。

そんな竜馬の懐の大きさが大事を成すにふさわしいものだったのは言うまでも無いでしょう。



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【2007/01/09 03:07】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






人に時計をくれてやっても、その使い方をおしえねば何もならぬ  | 竜馬に学ぶ
『人に時計をくれてやっても、その使い方を教えてやらねばなにもならぬ』

もし、その大政奉還が成功しても、長い歴史の中で政治をやった事のない朝廷の公爵達に国の政権をどうにかできるものはなかった。

また時を同じくして、倒幕派公家の岩倉具視らによって討幕の密勅が発せられようとしていたときである。慶喜は、大政奉還により先手を打ち、この動きを未然に防いだ。慶喜は征夷大将軍職も返上するが、慶喜は一旦は形式的に政権を手放すも朝廷側の公家には政権を担う能力がなく、いずれ徳川幕府が実質的に政権運営を担い実権を握れると考えていた。

大政奉還

第一策。

天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出づべき事

第二策。

上下議政局を設け、議員を置きて、万機を参賛せしめ、万機よろしく公議に決すべき事



日本の国政を民主政体にする事を以下八策に至るまで書き連ねた・・・・・・・



実際に国民全てがそれを理解し、帝国議会が開かれるようになるまでに、日本は23年の月日を費やした。




なんだか自民党が議席数2/3以上を奪われた時に一時的に公明党が政権を持った時の日本のようなそんな話ですが・・・・・


僕はあの時、政権交代をしても経験の無いものは学ばせる必要性があるという風に考えていました。だからたかが一期や二期の政権で見切りをつけてしまっては何にもならないのでは?







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【2007/01/08 17:22】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






個人主義の確立  | 竜馬に学ぶ
アメリカは薪割り下男と大統領と同格であるというぞ。

         わしは日本をそういう国にしたいのだ。』



勝 海舟 の見てきたアメリカの話しを聞いてから、竜馬はそんな風に考えるようになっていた。

少数ながら、竜馬と同じように人類平等思想を持った人間は他にもいた・・・・・・


しかし、竜馬以外の知識人は幕府や諸藩の高官であって・・・・・


実際にこれを実行に移そうなどと言う事は、自分の地位を破棄する行為に相違なかった。


武士の中でも階級制度が厳しい土佐に生まれ、有り余る能力を発揮する場所を求めて脱藩した竜馬にとっては、この思想が胸の中に強く刻み込まれたのは無理も無い事だろう。


『竜馬、ぬしゃ、天皇さへ認めぬのか?』

『このさい、そんな議論は無用だ! 


要するに人たるものは平等だと言っている。』


脱藩浪人の竜馬が、土佐二十四万石の参政である後藤に対して言い切った。


これが日本で始めて行われた自由民権運動だと言って良い。



『そのための討幕か』

『あたりまえだ。単に徳川家を倒すというだけなら何の意味も無い』

『大名も倒すのか』

『時期が来れば倒すだろう。土佐藩も倒してしまう。

 殿様も家老も上士も郷士も無い世の中にしてしまう』



お、おのれは。いまは勤王を唱えていながら天皇も倒し奉るということか?』


『世にいきものたるもの、みな衆生なれば、いずれも上下とも定めがたし。 今生のいきものにてはただ我を持って最上とすべし』



個人主義の確立を意味する。



ふひゃ~!!竜馬はかっこええ~ですのぉ~!!!
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【2007/01/05 02:40】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






日本初の株式会社  | 竜馬に学ぶ
竜馬は日本で始めて新婚旅行をしたハイカラな人であったけれど、日本で始めて株式会社というものを作った人でもある。 


彼が株式会社発足に全ての力を注いだ理由は、やはり倒幕連合を作ることの事はじめだった。


討幕思想を持つもの同士がその思想を説きあって結社を作っていく事が難しいほどお家とお家の関係が冷え切っている。 そんな九州の大中小藩主の思いを一つにするという事事態とうてい不可能というほど難題だった。


竜馬は議論というものの効力をあまり信じていない。


議論などで人を屈服させたところで、しょせんはその場限りと言う事が多い。



『利が、世の中を動かしている。』


竜馬はまず九州諸藩連盟の商社を下関に作ることを考えた。


そして、会社の羽振りが良くなってくると、

どの藩も財政難だからきっと争って加盟してくるだろう。



海外貿易を一手に握ろうとする幕府、

『徳川一人儲け』

だけは阻止しなければならない!

自然にその九州諸藩カンパニーと幕府の利害関係が対立しはじめ

徳川家に敵対し始めるに違いない。




そこに、九州諸藩カンパニーが出来上がれば、自然に三十四藩は仲良くなる。その商業結社を基礎に政治の正確を帯びせさせ、やがては日本的な規模で諸侯連盟をつくりあげていく。その連盟が国政をとる。という竜馬の読みがあったに違いありません。

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【2007/01/02 14:18】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






勝の外交  | 竜馬に学ぶ
第2次長州征伐に必死で応戦する長州が全線全勝を見せる中、小倉城が落城した知らせを聞いた時の徳川将軍 慶喜 は。 長州との休戦交渉のため勝を使いに出します。


行けば必ず刺客に命を狙われる違いない状況の中、勝は供もつれずに宮島入りをした。


『外交には羽柴筑前守当時の秀吉のやり方がよい』

と 勝 海舟 は思い、常々実践していたからです・・・・・・



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秀吉が筑前守のころ、山崎で明智光秀を討ち、柴田勝家を負かし、さらに越前に入り、府中城の周囲を固めた。


府中城の城主前田利家は秀吉とは幼い頃からの友人でありながら、たまたま敵対する大名の配下の家柄のため、今では互いに刀を構え軍をする立場になっていた。


秀吉はこれを外交によって味方に繰り入れようと考えていた・・・・・


秀吉は供も連れず、ただ一騎、府中城の城門まですすみ、自分に照準をつけている鉄砲群にむかって、

『撃つな、撃つな』

と白扇をあげ、


『わしは筑前ぞ。又左(利家)はいるか。物語などせんと思って参ったぞ』

と言い、あきれる城兵をしりめにするすると城門から入り、利家と対面し、戦わずして利家を降してしまった。


つまりこう言う事らしい、、、、、


府中城の門前で互いが幼少の頃よく遊んだ頃のように。。。。

『又左君、あ~そ~び~ましょ!!』

と、やったニュアンスに近いのだろう。


これは

赤心を推して他人の腹中におく
心から人を信じて、まごころをもって接することのたとえ。


誠にこの精神が無ければ成しえぬ事だろうと思う。

利家がもし部下に、『引き金を引け!』と命じていたとしたら・・・・・


羽柴の天下統一の野望もそれまでだったでしょう。





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もちろん単身で乗り込んだ勝を刺客達は殺生する事なく、休戦交渉を彼は見事に成し遂げた。


真っ直ぐ確信を持って人の心を信じると言う事は、ある意味自分が相手に対して思い描く心情に責任を持たねばならないと言う事なのだろうと思う。 

凡人の僕にとって今はまだわが子以外それは成しがたい事だけれど、いつか秀吉や勝のように、死ぬる覚悟を持って人を信じる という心境になってみたいものです。

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【2007/01/02 04:24】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






心づくし  | 竜馬に学ぶ
勝海舟のお膳立てで、薩摩藩邸へ西郷隆盛に面会をするため京へ登った坂本竜馬。


西郷隆盛の目前で突然庭の鈴虫を追いかけて捕まえ、虫かごを用意させた。


それから一ヶ月が過ぎた頃の早朝


再び薩摩藩邸を訪れた竜馬の目に飛び込んできたのは


籠に入った鈴虫

新しい草も中に添えられていた。


『まだあれを飼ってくれちょったか』


あれから一月にもなるのだ。よほど心を込めて飼わないかぎり、命の弱い鈴虫など、とっくの昔に死んでいるはずである。


(西郷という男は信じて良い)


竜馬はそう思った。


もっとも後日、この鈴虫の秘話を知ってますます西郷を信じるようになった。


初代は三日ほどで死んだのだそうだ。

西郷は慌てて

『幸輔ドンどん、坂本さんがくればこまる。納戸のの者にそう言うて、鈴虫を一匹、獲らせてたもんせ。』

と頼んであったのだ。

実際に竜馬が虫かごの中で見たのは3代目の鈴虫だった。


心づくしという言葉がある。茶道の言葉である。

『人をもてなす心のはたらき』

という意味であろう。

茶の素養のないはずの西郷は、安土桃山時代の大茶人の逸話に出てきそうな茶の心を持っていた。



鈴虫が取り持った薩長連合の立役者、坂本竜馬と西郷隆盛の二人の縁を結んだとはかなり驚きな話しですが・・・・・



僕の妻が贈った洋服を何時までも覚えていて、特別な日に合うたびにそれを着て来る僕の母や、安物のT-シャツでも贈った時から半年過ぎてもそれを着て家に迎えてくれる従兄弟夫婦に、今手渡したばかりのプレゼントを開いて、部屋の一番目立つところへわざわざその場で飾ってくれる友人夫婦、いつまでも僕の好物を覚えていてくれて、航空便で贈ってくれる友人など・・・・・・


僕にとって日本人というのはここに書かれている内容を感じる機会がたまにある。

そんな時にはとても心が温まるのです。



そのわりに自分が出来てなかったりするから反省しないとね・・・・・・・・


いずれにしても、倒幕を一挙に加速させた薩長同盟がこの二人のこんな温かみのある逸話によって始まったなんて、日本人は捨てたものじゃないですね。
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【2006/12/13 17:07】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






池田屋の変  | 竜馬に学ぶ
KIBA.gif


長州の最も尖鋭した志士群二十二三人がわが陣へ斬りこみのたくらんでいることを察知した新撰組は、長州の志士群に先回りして奇襲戦を仕掛けたのが 『池田屋の変』


長州の志士たちは全て新撰組の刀によって倒れることとなる。



その知らせを聞いた長州藩お国元は激怒!



長州の軍隊は京にのぼり朝廷奪回の戦へと発展した。




結局この戦にも長州藩は破れはしたが、このときに刻み込まれた長州人の徳川幕府に対する強い怨念が後に伏見の戦いで薩長同盟軍が幕府軍を倒し、倒幕の最大のエネルギーとなっていくのです。



新撰組と長州の志士たちのいざこざはごく小さいものなのでしょうが、殺されたものの恨みというのは後まで引きづり後々にその怨念はぞうふくして巨大なパワーになるという事を考えれば。


竜馬がいう『刀で切りあいなんぞしてても国が治まるものか、流した血の分だけ戦は大きくなる』というのは本当のことかもしれない。



2003年の5月からずっと現在までくすぶり、死者を出し続けているイラク戦争は、もとわといえばビンラディン率いるアルカイダの世界貿易タワー崩壊を発端とするといわれているが・・・・・・


さかのぼれば1991年の湾岸戦争のしこりが起こしたものであり


イランイラク戦争、アフガニスタン侵攻やその他の不安定な中近東諸国の情勢に介入してきたアメリカとの『刀の切り合い』という事になるのでしょう。


倒幕へ向けてエネルギーを高めていったこの『刀の切りあいのエスカレート』が果たして世界情勢では、将来どのようなパワーとなって降りかかってくるのでしょうか? 

竜馬は既に鉄砲戦になってしまっている日本の戦況の中で、軍艦と大砲を持つ事を念頭において動いていた。 

それは、驚異的な力を得て、可能なかぎり無血で国を治めようと考えたからだと思う。



その延長戦が第一次世界大戦の軍艦戦争だし、第二次世界大戦ではやがて戦闘機による戦争が繰り広げられた。


その驚異的な力というのはわずか5~6年の間に原子爆弾へと変わり

現在ではわずか3個で日本が壊滅状態になるといわれるほどの破壊力を持つ水素爆弾へと発展した。


いずれにしてもSF小説などでみるような、

地球が滅びる ことだけはあってはならない。 


今一度、竜馬が目指した “無血” というところへ注目したいものだ。 

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【2006/12/08 14:44】   トラックバック(0) | コメント(4) | Top↑






食わしてやらねばな  | 竜馬に学ぶ
薩摩藩と会津藩が同盟を組み、長州藩が京を失脚してしまった折、京の街に集結していた多くの脱藩浪人達が頼るところを失う事になった。

それで彼らは竜馬を頼って押しかけてき始めたといういきさつがありました。


竜馬はこの状況を『失業者が多く出た』という見解でみていました。



先日ご紹介させていただいた『映画壬生義士伝』 でみるように、地方の下級武士達の多くは、その貧しさゆえに己の食料の口減らし、そして運良くば勤王浪士に加わり報酬を得るか、幕府側の非常警察団に入団するなどをしてお国に仕送りをしていたのだが・・・・・


これで長州藩についていた脱藩浪人達が野に捨てられた犬同然になってしまった。

京にいて、幕府の新撰組や見廻り組に見つかれば切り捨てられてしまう

かといって、脱藩して故郷を去った彼らはお国に帰れば囚われの身だ。


そんな状況で、すっかり急迫してしまった。



竜馬は彼ら脱藩浪人達をを安全な地で

『なんとか飯を食わさなきゃいかん』と、思い

『北海道干拓計画』を思いついた。

同時にロシアからの侵略ににらみを利かせながら、倒幕への助っ人としても大きく活躍する兵隊を北海道に置こうと考えていた。

徳川家や諸藩の大名達は、敵も味方も自分のお家の存続の事ばかりを考えるばかり、


そんな時代の中で


竜馬の日本人という枠で物事を考えた目線の高さにはもう頭があがりません。
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【2006/11/20 05:04】   トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑






気を削いで難を救う  | 竜馬に学ぶ
幕府の勢力が持ち直した京の街でばったり多勢の新撰組に出くわした坂本竜馬

新撰組の行くてを塞げば切捨てゴメンの大ピンチでした。

『金馬、寅之助、ひとつの剣の極意を教えてやろうか』と言って、


一緒にいた同胞をわき道へ避けさせ

堂々と土方率いる十二、三人の新撰組の真ん中めがけ歩いていった。


新撰組の面々に土佐者の浪人と正面衝突を覚悟して緊張が走った。


ところが竜馬は突然、


道脇にポツンと立っていた子猫を抱き上げチュッチュとなだめながら、

堂々と新撰組の前を横切り、そして今度は中央を横切って去っていった。


新撰組は、あまりの拍子抜けになす術をうしなってしまった。



竜馬の後を追ってやってきた金馬、寅之助は竜馬にこう言った。


『奴ら気を削がれたようですぜ』

竜馬はこのときこう説明している。

『ああいう場合に良くないのは、気と気でぶつかる事だ。

闘る・闘る、と双方同じ気を発すれば気がついた時には斬り合いになっているさ。』



 『では、逃げればどうなんです?』


『同じことだ、闘る・逃げる、と積極、消極の違いこそあれ、同じ気だ。

この場合はむこうがむしょうやたらと追ってくる。

 人間の動き、働き、の八割までは、そういう気の発作だよ。 

ああいう場合は、相手のそういう気を抜くしかない』  


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【2006/11/13 13:02】   トラックバック(0) | コメント(13) | Top↑






盗賊は、われ、世を見る手鏡なり  | 竜馬に学ぶ
海賊は船軍の手習ひなり



殺生は軍の工夫、偸盗は忍術の調練




『むかしは、世間で大仕事をするほどの人は、手下に泥棒の一人は必ず飼っていたもんだ。

諸国の様子が人よりも早くわかるし、世間の裏もみえてくる。

大昔の天子さまで天武天皇というお方は多胡弥という泥棒を飼っていたし、大閤秀吉には、蜂須賀小六という泥棒がいた。もっとも蜂須賀さまのご子孫は、いまでは阿波徳島二十五万石の大大名におなりだが』


と、自分を売り込む寝侍ノ藤兵衛を弟子にした坂本竜馬は彼が言うように、藤兵衛はたいへん情報収集に重宝した。



考えてみれば、戦国の時代より前は各地を転々と巡業の旅に出る能楽師達が各地の主君とお目通しが出来る機会を多く持ったため、行く先々で地方の豪族の屋敷に呼ばれ情報を流し、また、仕入れる役割をしたことが転じて忍者というものに繋がったらしい。



アメリカでは時の大統領達はCIAを巧みに操り、世界を動かしている。

CIAを敵にまわしてしまったジョン・F・ケネディーは孤立したために暗殺されたといわれている。


江戸時代の将軍家康は戦国時代に活躍し、武士を震え上がらせた忍者たちを江戸城の中で飼う事にして、情報収集と治安維持を図ったと言われている。

警察が麻薬捜査のために、バイヤーからの情報を闇で人脈をつくり情報を吸い上げてきたり、似たような間柄は良くある話しのようです。



かつて大日本帝国が国民へ英語を勉強することを禁じたのに比較して、アメリカは日本語の暗号を解読出来るほど、日本語に卓越した人材がいたため、日本語の暗号を読み取り、大日本帝国軍の裏をかき追い詰めた。



悪と手を結べというのではなく、情報収集を怠らず時勢に乗った画策を行うには、泥棒を飼うぐらいの器量が必要という事なのでしょう。
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【2006/11/08 16:20】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






大敵を味方につける  | 竜馬に学ぶ
司馬遼太郎著書の竜馬がゆくを読んでいて

正直かなり勉強になる。

何がっていうと、この物語は彼の史実を元に描かれたフィクションでありながら、薩長連合、大政奉還などの偉業を成し遂げ幕末維新史上の奇跡と呼ばれる男が、何故そのような大動乱期に卓抜した仕事を成しえたか?という、竜馬の人間としての器を描いているからです。

そこで、せっかく読み進めているこの 『竜馬がゆく』 の中で、生き方の指針に気づきを得るたびにちょっとメモをしようと考えました。



大敵を味方につける


竜馬が故郷を離れ、北辰一刀流の大流儀を学ぶために江戸へ向かっている路中・・・・・


大阪高麗橋で辻斬りに襲われる


しかし、その男の正体は同じ土佐藩の竜馬の生まれ故郷の隣町の出の


岡田似蔵という男だった。


竜馬はどういうわけか、自分が寝泊りする予定の宿場に似蔵を連れ帰ることにし、先ほど竜馬に切り付けようとした辻斬りをやさしくエスコートしながら橋げたを渡り籠を拾ってやった。


しかも、足軽の似蔵が位の上の竜馬に対して、かたぐるしい言葉で話し始めると『お国の外では身分を忘れよう!』と岡田を叱る。


父親が死に剣術の修行に出ていた似蔵は土佐へ帰る途中だったのだが、お金に困って強盗を働こうとしたのだと言う事情を聞くと、


事もあろうか竜馬は自分の路銭の半分の15両を、『僕はお金に困った事が無い。それは天の運だ。天の運は人に返さねばならぬ』と言って似蔵にくれてやる


辻斬りの罪は軽くて追放、危うくば死罪というところだったが、似蔵は竜馬のこの寛大な処置のために、命拾いするのでした。


その後数年が経ち、倒幕、攘夷のクーデターを成功させた武一半平太の下で開国論者を切りまくっていた岡田似蔵は、幕臣の勝海舟に弟子入りして、開国論者となった竜馬を殺そうとする側にまわってしまうが・・・・


程なくして、竜馬への恩もあり、似蔵は勝海舟の護衛をする事になり、


刺客から一転!  暗殺者から勝の命を守った。



その勝海舟もまた



勝海舟を暗殺するために千葉重太郎と一緒に江戸の勝屋敷を訪れた坂本竜馬を弟子入りさせ、手厚く面倒を見てやっている。


結局その事が坂本竜馬を勝の仲間へ引き入れ、岡田似蔵が護衛役として暗殺計画から勝の身を守ったのだから、本当に面白い。


わが命を狙ってやってくるような大敵を、自分の仲間に迎え入れる事が、やがて最強の守りと人力を創り上げ、大事を成す英雄へと自らを押し上げていく。


これは現実の世界に置き換えて考えると、なかなかできることではないけれど、『嫌いだ、苦手だ』と思っている者ほど実は最強の味方になる人間かもしれないと生きる事はもしかしたらとても役に立つかもしれない。





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【2006/11/06 11:07】   トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑






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